オーストリア編(43):ハルシュタット(13.8)

 マルクト広場に出ると、大勢の観光客で芋を洗うよう。やはり中国の方が多いようです。これは帰国後に知ったのですが、中国広東省恵州市近郊の博羅県で、ハルシュタットの街並みを再現した施設がオープンし、地元や日本からの観光客が訪れているそうです。ホテルや教会などの建物の大きさや壁の色、広場の石碑まで限りなく本物そっくりの「中国版」で、中国企業が建設して高級分譲地として販売を始めたとか。一方ハルシュタット住民の間では、「レプリカ」の建設をめぐって賛否両論の声が上がっているそうです。住民の一人は「ハルシュタットにはユニークな文化と伝統があり、それは再現できない」とコメント。一方で別の住民は「ハルシュタットにとって最高の宣伝になる」とし同施設の建設を歓迎。観光当局者は「中国にハルシュタットのコピーができたことを誇りに思う」と述べたとのこと。その影響なのかもしれませんね。なおこの件に関しての小生の意見は「別にどうでもいい」です。もしかすると平気で世界遺産の町をコピーする中国への批判を浴びせる方もおられるかもしれませんが、欧米の街並みをぱくったハウステンボスやディズニーランドやUSJにきゃはきゃはと喜び群れ集うわれわれと大同小異でしょう。まずは船着場へ行って、渡し船の時刻表を撮影。南へと歩いていくと、ツァウナー亭を眺められる路地がありましたが、その後方に滝が流れ落ちているのが見えました。
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 大きな木造の家が建ち並ぶ街並みを愛でながら歩いていると、薪を積み上げてあるお宅をよく見かけます。再生可能エネルギー源として見直されているのかもしれませんね。目抜き通りであるゼー通り(See str.)は湖畔をめぐる美しい道路で、町と湖の美しい景観を楽しめます。途中の道端に大きな記念碑があったので近づいて判読すると、"DEN TOTEN ZUM GEDENKEN DEN LEBENDEN ZOR MAHNUNG 1914-1918 1939-1945"および多くの人名が記されています。年号からみて、第一次世界大戦および第二次世界大戦において戦死したハルシュタット出身兵士の方々の慰霊碑でしょう。前者ではオーストリア=ハンガリー帝国、後者においてはドイツ帝国として参戦したのですね。合掌。
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 湖畔では子どもたちが白鳥を物珍しげに眺めています。心優しい山ノ神、朝食の際にホテルからくすねてきたパンをあげると、白鳥に投げ与えて大喜び。お母さん方から"Grazie mille!"と感謝されました。あっイタリアの方だったんだ。すかさず"Prego"と返答する山ノ神、イタリア語を勉強しているだけあってさすがです。情は人のためならず、ちょっと良い気分になりました。十数分歩くと町の南端にあるインフォメーションに到着、観光地図、ハイキング・マップ、バスの時刻表を入手しました。そうそう、観光用写真でよく見かける、町と湖と山々を一望できる素晴らしいビュー・ポイントはどこかと訊ねなければ。係の方は町の地図に印をつけ、マルクト広場から北に歩いてすぐのところだと教えてくれました。よろしい、後で行ってみることにしましょう。
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 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2014-11-05 06:30 | 海外 | Comments(0)
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