オーストリア編(80):インスブルック(13.8)

 それではインスブルック駅から旧市街へと歩いて行きますか。途中にあるボーツナー広場(Bozner Platz)にあるのがルドルフの噴水(Rudolfs-brunnen)。元々の領主であったチロル伯に直系男子が途絶えたことから、チロル女伯マルガレーテ・マウルタシュが1363年、領地をハプスブルク家に移譲したそうです。この噴水はチロルのオーストリア帰属500周年を記念して1877年に建設されたもので、建設公と呼ばれたハプスブルク家のルドルフ4世にチロル伯領が贈与された史実を表しているとのこと。
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 そして町一番の大通り、マリア・テレジア通りへ。すこし歩くと1706年につくられた聖アンナ記念柱に着きました。1700年にスペイン王家(スペイン系ハプスブルク家)が断絶すると、相続をめぐってオーストリアとフランスが対立し、スペイン継承戦争(1701~14)が勃発します。この戦争の最中、フランスと同盟を結んだバイエルン軍がインスブルックに攻め込んできますが、撃退に成功しました。この勝利した日が聖アンナの祝日だったため、聖アンナに捧げる柱が立てられたそうです。このあたりは、観光用写真でよく見かけるビュー・ポイント。ノルトケッテ連峰を背景に、屹立する記念柱と旧市街の街並みを一望できます。
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 路面電車を撮影し、観光客でごったがえす旧市街のヘルツォーク・フリードリヒ通りを歩いていくと、右手にあるのが「ヴァイセス・クロイツ」というホテル。ここには、モーツァルトと父レオポルトが1769年12月14日に泊まったという記念のプレートが掲げられています。1769年といえば、彼が13歳の時、父レオポルトとともに第一回目のイタリア旅行に行く途上で泊まったのでしょうか。
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 正面に見えるのが黄金の小屋根(Goldenes Dachl)。15世紀、皇帝マクシミリアン1世がチロル統治を安定させるため、そして趣味の狩猟を楽しむため、ここインスブルックを都としました。そして居館に金の瓦で葺かれた屋根のあるバルコニーを作らせて、ここから広場で催される祭りや競技会を見物したそうです。瓦の数は2567枚、近郊の鉱山資源を背景に富と権力を誇示したわけですが、実際には銅に金メッキしたものです。でも4キロの金が使用されているそうです。
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 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2015-01-08 06:34 | 海外 | Comments(0)
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