北海道編(5):青少年科学館(13.9)

 灯台のすぐ近くには、「日本でここしかない! 南極越冬隊資料展示コーナー 南極展示コーナー」という青少年科学館の挑発的な看板がありました。据え膳食わぬは…もといっ、ここで逃げたら男がすたる。touch and goは覚悟の上、入館してみました。
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 砕氷船の模型や当時の雪上車、居住棟のレプリカ、そして南極観測や橇をひいた犬たちに関する展示を拝見。樺太犬、タロ・ジロ・サブロ三兄弟の愛らしい写真が印象的でした。
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 1956(昭和31)年、日本が初めて南極観測に参加した時、後藤直太郎によって樺太犬の訓練が行なわれたのがここ稚内だったのですね。(サブロは訓練中に病死)  南極で活躍した後、悪天候のため取り残されながらも生存し、一年後に救出されたことで有名ですね。彼らを主人公とした『南極物語』という映画もつくられました。なお北海道大学植物園ではタロの、国立科学発物館ではジロの剥製が展示されています。サハリンのアイヌにとって犬の飼育は経済の基盤をなしていたという指摘が、『辺境から眺める』にありましたので引用します。
 …利用可能な情報から勘案すると、サハリン(樺太)のアイヌにとって犬は、他の社会で牛やラクダがはたしていたのとまったく同じ役割をはたしていたとみなしても間違いではあるまい。いいかえると、犬は食糧や衣服としても利用され、荷を引く役目もはたした。つけくわえれば、狩りの道具としても重要であったのはもちろんである。1807‐09年にサハリン(樺太)を旅行していた間宮林蔵の記述によれば、身持ちのよいアイヌの家族はどれも五頭から一三頭の犬をもっており、犬については選別をほどこしたうえではじめて飼育がなされ、餌づけや訓練には細心の注意がはらわれた。小さく弱い犬は肉や皮を利用するために殺されたが、強い犬は橇や小舟を引くのに利用された。サハリン(樺太)のアイヌは獣医学上の技術を十分に発達させていた。この技術は、たとえば、橇用の犬の去勢-この手術によって犬をもっと強くさせることができると言われていた-などである。良質の犬はとても珍重され、高い価格で取り引きされた。犬は食糧や荷引きの用に供されたばかりではない。コーネリス・クーンの記録によると、犬は川からサケを捕るように訓練されており、捕った魚の頭を引きちぎって食べ、残りの身の部分を飼い主の家に持ち帰るのがつねであった、という。(p.54~5)
 そのとなりにあるのがノシャップ寒流水族館。集合時刻まで少々時間があるので、後学のため寄ってみました。「ペンギン君とアザラシ君」の顔はめ看板を撮影して小さな屋外プールに近づくと、アザラシが飼育されていました。するとジャージを着た二人連れの女子中学生が、やにわに缶をもってきて中身をぶちまけます。魚… うわお、するとアザラシのみなさんたち、魚を奪い合ってジャンプをするは押し競饅頭をするは、もう大変な迫力です。一缶100円で餌を売っているのですね。これはええもん見せてもろた。これを見るだけでも稚内に来る…にはちょっと飛行機代が高いかな。館内に入って回遊水槽やクリオネをざっと見ているともう集合時刻です。あわててバスへと急ぎ、最後の一人として乗り込みました。やれやれ。
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 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2015-02-12 06:21 | 北海道 | Comments(0)
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