北海道編(18):網走監獄(13.9)

 さて、そうのんびりもしていられない。外へ出ると、外部からの進入や受刑者達の行動を監視する哨舎がありましたが、これは当時のものだそうです。その先にあるのが旧網走刑務所二見ヶ岡農場、刑務所付属の農場です。食料基地であると同時に、受刑者に働く喜びを体験させ、健全な心身を作ることを目標とする更生施設でもありました。人形によって春の開墾、種まき、夏の除草、秋の収穫作業を再現してあります。農場を見下すように聳えているのが高見張り。受刑者の逃走、暴行事件などの発生に備えたやぐら監視所ですが、これは復元されたもの。
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 そして監獄歴史館の前を通り、三角形をした休泊所へ。
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 ここは興味深い施設なので、解説を転記します。
 受刑者が堀の外へ出て、日帰りできない作業をする場合は「休泊所」と呼ばれた仮小屋で寝泊りをしました。明治24年の網走から札幌へと続く中央道路開削工事では、延べ1,200人の受刑者が投入され、工事の進行にともない、休泊所を解体しては移動していきました。別名「動く監獄」と呼ばれ、後の厳しい監視と強制労働で知られる一般労務者の飯場(たこ部屋)のつくりは、これを模したものといわれています。
 そして味噌蔵や通用門を見学して終了。なおこれはさきほど知ったのですが、「映画『網走番外地』撮影地の碑」が入場口前に設置されているそうです。高倉健氏のご冥福をお祈りいたします。
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 というわけで三十分強でしたが網走監獄を見学することができました。国家に抗う/まつろわぬ者を社会から排除するとともに、追随者が出ぬよう"見せしめ"としたい政治権力、徹底的に酷使できる経費のかからない労働力を渇望していた経済界、その両者の意図が見事に合致し貫徹されたのが、ここ北海道の監獄であるということがよく分かりました。"資本は、頭から爪先まで、あらゆる毛穴から、血と汚物をしたたらせながらこの世に生まれてくる。(『資本論』第1部第24章)"、マルクスの言が耳朶に響きます。そしてこの姿勢は今に到っても、多少はマイルドになりながらも、変わっていないというのが正直な感想です。国家に抗う者への有形無形の圧力、非正規雇用の激増とブラック企業の跳梁跋扈。日本が巨大な網走監獄のように思えてきました。でもこのシステムは自然にできたものではなく、人間がある意図のもとに構築したもの。変えられないわけがありません。脱獄魔・白鳥由栄曰く、「人間が造ったものは必ず壊せるんですよ」 その言を信じて、倒されても倒されても、粘り強く息長く立ち向かっていきたいと思います。ホセ・メンドーサと闘った矢吹丈のように。

 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2015-02-28 06:39 | 北海道 | Comments(0)
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