植治の庭編(1):前口上(13.11)

 もうすっかり恒例となった京都錦秋散策ですが、2013年はすこし趣向をこらして小川治兵衛の庭めぐりを取り入れました。
これまでいろいろなお庭を拝見してきましたが、平安神宮神苑無鄰庵旧古河庭園など、時々小川治兵衛(植治)という庭師の名前に出くわします。ずっと気にはしていたのですが、たまたま『庭師小川治兵衛とその時代』(鈴木博之 東京大学出版会)という本を読む機会があり、その魅力の一端を教示していただきました。同書より引用します。
 小川治兵衛という庭師は1860(万延元)年4月、京都府乙訓郡新神足村(現在の長岡京市)に山本藤五郎の次男として生まれ、幼くして母と死別し、父の手で育てられ、1877(明治10)年、京都の庭師・小川家の養嗣子となって家業を継いだ。彼は琵琶湖疏水の水を引き入れた庭園群をつくることによって、近代京都に新しい庭園文化をもたらした。また平安神宮神苑をつくり、明治の元勲・山県有朋の庭をつくった。住友財閥の当主であった住友春翠も、最後の元老・西園寺公望も、三菱財閥の当主であった岩崎小彌太も、そして昭和前期に首相を歴任した近衛文麿も小川治兵衛の庭を愛した。
 小川治兵衛は1933(昭和8)年12月、73歳で没する。幕末から昭和初年に及ぶ彼の生涯は、日本の近代化の歴史を含み込むものであり、彼の庭のなかにはその生涯に起きた日本の変化が、文字通りすっぽりと収まってしまう。(p.ⅰ~ⅱ)
 よろしい、紅葉を愛でながら植治の庭をめぐるのも一興です。さっそく調べてみたところ、企業の所有になっていて非公開の庭も多く、公開されているものから選んだのがこのライン・アップです。並河靖之七宝記念館、旧寺村助右衛門邸庭園(料理旅館「菊水」)、無鄰庵、葵殿庭園と佳水園庭園(ウェスティン都ホテル京都)、円山公園、平安神宮神苑、そして京都平安ホテル。紅葉の名所をおりまぜながら、これらのお庭を二日かけて探訪することにしました。なお、出発直前に放映された『美の巨人たち』が、小川治兵衞作庭による「洛翠庭園」を取り上げていましたが、素晴らしいお庭でした。インターネットで調べたところ一般公開はされていないようですが、当たって砕けろ、なせばなるなさねばならぬなにごともならぬはひとのなさぬなりけり、アポなしで訪れることにしました。参考文献としては、『シリーズ 京の庭の巨匠たち 2 植治』(京都通信社)もたいへん参考になりました。
 というわけで小川治兵衛の庭めぐりのはじまりはじまり。持参した本は、『文章心得帖』(鶴見俊輔 ちくま学芸文庫)と『有閑階級の理論』(ヴェブレン 岩波文庫)です。
by sabasaba13 | 2015-05-15 06:37 | 京都 | Comments(0)
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