植治の庭編(13):佳水園庭園・葵殿庭園(13.11)

 それでは本日最後の訪問先となりますウェスティン都ホテル京都の佳水園庭園と葵殿庭園に向かいましょう。途中にあったマンションには「犬のオシッコ禁止!! アナタの名前わかってます」という怖い貼り紙がありました。蹴上発電所を金網越しに撮影し、数分ほど歩くとウェスティン都ホテル京都に到着です。
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 さて、フロントで庭園の見学を申し込むのが人の道であるのは百も承知ですが、そこはそれ、蛇の道は蛇と言いますか、虎穴に入らずんば虎子を得ずと言いますか、人生意気に感ずと言いますか、もごもご…ホテル案内の掲示で確認してエレベーターに乗りまずは佳水園庭園へ。元は清浦圭吾のかつての別荘「喜寿庵」の庭で、当時の都ホテルに隣接していたものです。植治の長男の白楊が1925年に作庭したものの、彼はその翌年に43歳で病没。植治、白楊の最後の仕事になった因縁の庭は、やがて敷地を拡張したホテルの所有となりました。斜面の山肌に露出する岩の迫力に圧倒されます。
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 葵殿庭園は、大正天皇即位の御大典が京都であった1915年に建てられた都ホテル宴会場「葵殿」に、植治が1933年に琵琶湖疏水の水をもちいて、流れ、滝、池で構成した庭です。なおこれが植治の遺作となりました。水の流れに溶け込むようにすえつけられた蹲踞が印象的でした。
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 『庭師小川治兵衛とその時代』から引用します。
 なかでも、流れのなかに蹲踞を据える意匠は目を引く。蹲踞を用いるために身を屈めると、人は流れにさらに近づく。そのときに植治の庭は思いもよらぬほどの広がりを感じさせる。浅い流れのわずかなせせらぎが、大河の流れと思われる程のスケールを見せるからである。(p.134)
 見るべきほどのものは見つ、これで本日の散策は終わりです。蹴上駅から電車に乗って浜大津駅に到着。それほど空腹ではないので「浜大津アーカス」内にあるロッテリアで軽く夕食をすませました。なお近くにあった駐車場チェーン「Times」の看板は、見慣れた黄色でした。景観に配慮する白い看板はどこそこまでという社内規定があるのでしょうか。ホテルに戻り、琵琶湖の夜景を眺めて一献傾け、就寝。
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 本日の三枚です。
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by sabasaba13 | 2015-06-02 06:35 | 京都 | Comments(0)
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