植治の庭編(18):青蓮院・平安神宮(13.11)

 そして青蓮院に立ち寄りました。門前にある、根に苔をまとった大きな楠はいつ見ても圧倒されます。紅葉はそれほど多くはないのですが、それなりに晩秋の風情を楽しむことができました。なお昨日に並河靖之七宝記念館で見たものと似ている手水鉢がありましたが、作庭の伝統が植治の中に脈々と受け継がれているのを実感しました。
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 青蓮院のすこし先にある粟田神社は、紅葉の穴場です。本殿へ続くゆるやかな石段を、楓のトンネルが埋めつくしています。
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 しばらく歩いて岡崎疏水を渡り平安神宮に到着。1895 (明治28)年の平安遷都1100年を記念して桓武天皇を祀る神社として創祀されました。こちらの神苑が小川治兵衛の作庭によるものなので、拝見することにしましょう。まずは西神苑へ、「野筋」(入り組んだ細い道筋)と「遣水」(幾重にも流れ込んでいる小川)で構成されており、鄙びた山里の雰囲気です。変化に富んだ護岸石組や洒落た意匠の石橋を楽しむことができます。なおこのあたりは紅枝垂れ桜が密集しているので、ぜひ春に再訪したいものです。
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 白虎池をめぐり、流れに沿って歩いていくと蒼龍池のある中神苑です。この池にかかるのが臥龍橋、京都三条と五条の橋杭に用いられた円柱状の石を池のなかに据えてあります。もちろん実際に渡ることができますが、これが実に楽しい。すこしスリルを感じる程度に離して置かれた、しかも緩やかにうねる石をぴょんぴょんと渡っていると、龍の背中に乗って池の上を闊歩しているような気がします。こうした楽しさ、面白さ、分かりやすさも植治の庭の魅力なのですね。
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 『庭師小川治兵衛とその時代』の中で、鈴木博之氏は次のように述べられています。
 平安神宮で用いた三条大橋や五条大橋の橋杭の石、そして紅枝垂桜は、名石、名木を重視しなかった植治にとってはめずらしい、ポピュラーな人気を集める名物となった。谷崎潤一郎の『細雪』には主人公の蒔岡家の人々がこの枝垂桜を愛でに訪れる場面が魅力的に描かれている。谷崎はそこで「まことにここの花を措いて京洛の春を代表するものはないと云ってよい」とまで述べている。
 富豪たちの私的な大庭園を作庭することの多かった小川治兵衛にとって、平安神宮神苑は、多くの人々の目に触れる数少ない庭園であり、そのことを意識して彼は、橋杭や桜などによって、華やかさとわかりやすさをもち込んだのであろう。結果、平安神宮神苑は広闊で明るい庭園となった。(p.91)
 そして東神苑へ。蒼龍池のくびれたところには大小さまざまな石が置かれて、水の流れと水音に変化を与えています。ひろびろとした池の周囲にもやはり紅枝垂れ桜が植えられています。池を渡る橋殿(泰平閣)は、植治の作庭にあわせて大正時代に京都御所から移築されたものだそうです。
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 というわけで、平安神宮神苑を十二分に堪能いたしました。今度はぜひ、花菖蒲や睡蓮や河骨や杜若が咲く頃、そして何より紅枝垂れ桜が妍を競うときに訪れたいと思います。

 本日の八枚、上から青蓮院(3枚)、粟田神社(1枚)、平安神宮神苑(4枚)です。
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by sabasaba13 | 2015-06-27 13:38 | 京都 | Comments(0)
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