重森三玲の庭編(21):袴田事件(14.3)

 なお今読んでいる『ニッポンの裁判』(瀬木比呂志 講談社現代新書)の中で、この件について触れているところがあったので紹介します。
 2014年(平成26年)3月27日に下された、袴田事件の第二次再審請求に対する再審開始決定(静岡地裁、村山浩昭裁判長)は、いくつかの意味でエポックメイキングな裁判であった。
 大きな点は二つある。一つは、最重要証拠であったところの、袴田巖氏のものであるとされた、血液の付着した五点の衣類について、捏造の疑いがきわめて強いとしていることである。もう一つは、死刑の執行停止のみならず、刑事訴訟法448条2項に基づき、裁量により、拘置の執行まで停止し、袴田氏を釈放したことだ。
 ことに、後者は、「袴田氏に対する拘置をこれ以上継続することは、耐えがたいほど正義に反する状況にある」という裁判官の認識に基づくものだが、通常はまずしないことであり、裁判官が、無罪を確信し、かつ、捜査の違法性の程度が著しく高いと考えたのでなければ、ありえない決断であろう。検察に衝撃が走ったのは当然のことである。おそらく、検察部内には、動揺するのみならず、激怒した人々も存在することだろう。死刑囚の袴田氏が、未だ再審開始決定が確定すらしていない段階で世に出ることによって、検察、警察の面目がつぶれることは間違いがないからだ。(p.74~5)

 以上のとおり、袴田事件は冤罪である可能性が高く、にもかかわらず、袴田氏は「世界で最も長く収監されている死刑囚」としてギネス認定もされたことがあるという異例の事態となっていた。袴田氏が無罪であるとすれば彼の人生は国家によってかなりの部分が奪われたも同然であり、刑事司法の罪は重い。そのことを踏まえれば、また、先のような事件の本質に即して考えるならば、決定の内容自体は、すでに述べたとおり、そうあっておかしくないものであるといえる。
 しかし、この決定は、前記のとおり、証拠捏造の疑いにまで強く踏み込んで捜査のあり方を厳しくただしつつ、死刑囚の身柄まで釈放した点において際立っており、その意味は非常に大きい。良心的刑事系裁判官の面目を示した決定と評価してよいであろう。(p.80)

by sabasaba13 | 2015-08-04 08:00 | 近畿 | Comments(0)
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