スイス編(20):サン・モリッツへ(14.8)

 ケバブ屋でカレー・ブルストを購入して列車に乗り込もうとすると、通りすがりの日本人旅行者のご夫婦から話しかけられました。お二人もサン・モリッツに向かうのですが、直前に、豪雨による土砂崩れでクールより先は不通であるという連絡が旅行会社から入ったそうです。復旧まで二~三日かかる模様とのこと、なるほどそういうことか。丁重にお礼を言って、列車に乗り込みました。先述のように、今回は一等車のSWISS SAVER FLEXIPASSを購入しています。大手を振ってがらがらの一等車に陣取り、パスに本日の日付を記入。
c0051620_630126.jpg

 そして12:07に列車は出発、しばらくは左手にチューリヒ湖を車窓から眺められます。車掌さんが来たので「もんだどんない」とパスを見せると…車掌さんは微苦笑。ほんとうは、事前に駅でバリデート(有効化)の手続きをしなければいけなかったのでした。使用開始日と終了日、パスポートナンバーを係員に記入してもらい、バリデーティング・スタンプを押してもらって、パスが有効となります。JTBでもらった注意書きをよく読んでおくべきでした。親切な車掌さんが、その場でその手続を全部してくれて事なきを得ました。美味しいカレー・ブルストを食べ、車窓からの眺めを楽しんでいると、13:11にランドクアルト(Landquat)に到着。ほんとうでしたら、このまま乗ってクールを通過し、ランドヴァッサー橋を渡ってサン・モリッツに行けたのですが無念です。
c0051620_6303942.jpg

 13:20発のサン・モリッツ行き列車に乗り換えて、一等車に陣取りました。線路の脇を流れる川が轟々とした濁流になっているので、たいへんな豪雨だったようですね。また雲がわいてきましたが、山々や緑の丘陵、木造の家々や教会といったスイスらしい風景を車窓から楽しめました。
c0051620_631725.jpg

 途中で車体にでかでかと日本語で「箱根登山電車」と書かれた列車とすれ違い、二人で魂消た駒下駄日和下駄。そう、レーティッシュ鉄道と箱根登山鉄道は姉妹鉄道なのでした。帰国後、箱根湯本駅でもらった「日本とスイスの150年」というパンフレットに以下のような一文がありました。
 1907年、海外から帰国した名士からスイスの登山鉄道の評判が小田急電気会社に伝えられ、箱根に登山鉄道を通す計画が動き出しました。最初は碓氷峠と同じアプト式歯軌条鉄道で申請しましたがさらに研究の必要があるとして1912年に主任技師の半田貢氏が欧米へ派遣されました。各国の鉄道を視察した結果、高低差1824メートルで最大勾配70パーミルの路線でありながら通常のレールを使った粘着式鉄道というベルニナ鉄道(現・レーティッシュ鉄道ベルニナ線)に注目。同じ景勝地を走る鉄道として山肌をぬうように曲線を多用した設計方針を取り入れることを決断。帰国後、すぐに変更計画で再認可をとり1915年に着工。大小31カ所の橋梁や12カ所のトンネルなどの難工事を経て1919年、箱根登山鉄道が誕生しました。そして開通から60周年を迎えた1979年、モデルとなったベルニナ鉄道を受け継いだレーティッシュ鉄道と姉妹鉄道提携を結び、現在まで相互交流を続けています。
 鉄道に歴史あり、ですね。

 本日の二枚です。
c0051620_6313441.jpg

c0051620_6315523.jpg

by sabasaba13 | 2015-10-23 06:32 | 海外 | Comments(0)
<< 『中東から世界が見える』 スイス編(19):チューリヒ(... >>