言葉の花綵130

 もはやナショナリズムは、その正当性を自負しているとは言いきれない。(T・アドルノ)

 平和主義が暴力を放棄できるのは、ほかの人間が自分に代わって暴力を行使してくれるからだ。(ジョージ・オーウェル)

 最近、教養教育の再建が大学の課題であるとよく言われます。ただ、わたしが思うのは、しっかりとした新書と選書を100冊読めば、それだけで十分、教養が身に付くのではないか、ということです。(『ナショナリズム入門』 講談社現代新書 植村和秀)

 音楽を、人を尊敬して、それが自分に返ってくる。(『のだめカンタービレ』 千秋真一)

 ボクはね、やる気のない生徒にやる気を出させるほどやる気のある教師じゃないんだよ。(『のだめカンタービレ』 谷岡先生)

 オレとオヤジが三日三晩寝ながら考えて付けた名前だ。(『のだめカンタービレ』 峰龍太郎)

 最も残忍で無恥な奴隷は他人の自由の最も無慈悲かつ有力な強奪者となる。(E・H・ノーマン)

 一切合財怠けよう、恋するときと、飲むときと、怠けるときをのぞいては。(レッシング)

 休息は健康なり。(スペインの諺)

 貧しい国家とは、とりもなおさず国民が裕福な国家である。富んだ国家とは、国民が一般に貧しい国家である。(デステュット・ド・トラシー)

 わたしは世界の王、「資本」である。虚偽と羨望と吝嗇と詭弁と殺人に警護されてわたしは進む。わたしは、家庭に分裂、市に戦争をもたらす。わたしの行くところすべてに憎悪と絶望と悲惨と疾病と死の種をまく。(『怠ける権利』 ポール・ラファルグ)

 されど、死ぬのはいつも他人だ。(マルセル・デュシャンの墓碑銘)
by sabasaba13 | 2015-11-24 18:21 | 言葉の花綵 | Comments(0)
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