先日、鎌倉で紅葉狩りをしてきましたが、その際に観光案内所でいただいた資料から神奈川県立近代美術館鎌倉で最後の展覧会が行われていることを偶然知りました。敗戦後のアートを牽引した前衛、ル・コルビュジエの弟子・坂倉準三によるモダニズム建築の傑作、そして老朽化のために閉館せざるを得ない、といった話は何となく知っていたのですがもう最後の展覧会になろうとは。"つひに行く道とはかねて聞きしかど昨日今日とは思はざりしを"、ちょっと西行の心境です。よろしい、手向けの花でも添えに訪れてみることにしましょう。
川喜多映画記念館からペダルをこぐこと数分で美術館に到着、まずは正面外観を撮影しました。主要な二階部分をピロティが支えるというコルお得意の技法でつくられています。正面中央の大きな階段と、吹き抜けが軽やかな印象をかもしだしています。平家池越しに見る姿も素敵ですね、まるで池に浮かんでいるようです。へえー、"カマキン(鎌倉近代美術館)"と呼ばれていたのか、素敵な愛称ですね。 それでは最後の展覧会「鎌倉からはじまった。PART3 1951-1965」を拝見しましょう。この建物が今度どうなるのか気になったので、チケット売り場の方に訊ねてみました。すると、保存することについては決まっているが、この敷地は鶴岡八幡宮に返還しなければならないので美術館は閉館。これからは、鎌倉別館と葉山館の二館体制となるそうです。これで一安心、でもうまく活用してくれるよう、八幡宮には期待します。さて展覧会ですが、戦前・戦中の文化的空白を埋めるべく1951(昭和26)年に開館した本美術館が草創期に取り上げた作家・作品を、収蔵品から選んで展示してありました。古賀春江、萬鉄五郎、福沢一郎といった、私の好きな画家たちの作品を堪能。なかでもその名前を聞いただけで心がふるえてしまう松本竣介の作品を数点見ることができたのは眼福でした。 もう一つの企画は坂倉準三設計による鎌倉館の変遷を、図面や写真等で紹介するものです。昼食をいただいてから、建物をじっくりと拝見することにしましょう。喫茶室「ピナコテカ(PINACOTECA)」は、ギリシャ語源で「絵画館」という意味だそうです。片側すべてが大きなガラス窓で、陽光にあふれた明るい空間でした。洒落た壁画は田中岑の『女の一生』という作品。アサリと野菜のピラフをいただき、食後の珈琲はオープン・テラスで池と紅葉を眺めながらいただきました。なお先日放映された「日曜美術館」では、かつて若者に人気のデート・スポットだったと紹介されていました。 まずは一階の彫刻室へ、こちらは彫刻作品が展示されていますが、中庭とテラスと通じているオープンな空間構成となっています。テラスは平家池に面していて、天上に反射してゆらぐ水面の光が素敵です。これは日本庭園の伝統的な手法を応用したのではと愚考します。修学院離宮の窮邃亭がそうだったし、テレビで放映された小川治兵衛の庭にも同じような仕掛けがありました。 テラスから彫刻室を抜けるとすぐそこは中庭、吹き抜けになっており見上げると四角い青空がありました。中央には愛らしい彫刻が二体ならんで微笑んでいます。これはイサム・ノグチ作の「コケシ」という作品。 そして彫刻を見ながら彫刻室を漫歩。壁に穿たれた四角い穴からは光がさしこみ、ちょっとロンシャン教会を思わせます。階段と手すりの意匠も秀逸ですね。テラス、中庭、彫刻室とぶらつきながら、写真を撮りまくりました。どこを切り取っても絵になるデザインです。 同館のホームページによると、設計者の坂倉準三(1901-69)は、岐阜県に生まれ、東京帝国大学文学部美術史学科を卒業後、建築家を志してフランスに渡り、1931年から1939年まで、現代建築の巨匠ル・コルビュジエの事務所で修業しました。戦前の作品としては、1937年のパリ万国博覧会日本館がとくに有名で、博覧会建築部門でグランプリを獲得。日本人の建築家が国際的な舞台で認められた初めての仕事となりました。この栄光をたずさえて、1939年、フランスから帰国した坂倉は東京に事務所を開設。戦争の時代を経て、1951年11月に竣工したこの鎌倉館によって日本国内における活動を本格的に開始していきます。 坂倉は、パリ万博日本館の設計思想を要約して、1.平面構成の明快さ、2.構造の明快さ、3.素材の自然美の尊重、4.建物を囲む自然(環境)との調和、という特徴を挙げていますが、それがこの建物にも活かされているのですね。明快で軽やかな構成・構造・意匠、外の自然と内の空間との連続と調和、見応えのある建築でした。 なお「日曜美術館」によると、美術館の運営にも目を見張るものがあります。あまり知られていない海外のアーティストを紹介するとともに、日本の若手アーティストを育てていく。そして鎌倉の人びとのインタビューを見ても、市民に愛されてきた美術館であることがよくわかります。みなさんほんとうにいい表情で、思い出を語り、爽やかに別れを告げていました。 今の公立美術館がどういう状況におかれているのか、よくわかりません。ただ断片的な情報と素人の勘では、"お役所仕事"になっているのではないでしょうか。重要視されるのは来館者数のみ、その多寡で予算や人事が決められてしまう。そして来館者を増やすための企画が優先され、独創的な企画、リスクの高い企画はつぶされてしまう。だとしたら日本のアート・シーンの将来は暗いものと思わざるを得ません。数値にこだわらずに斬新な企画を実行し、それを市民が支えていく。また若手のアーティストを積極的に育てていく。カマキンはそういう美術館だったのかなと思います。いま、この灯が消えつつありますが、この炬火を多くの美術館が受けついでいくことを念じてやみません。 そしてアメリカ軍と自衛隊と大企業にガバガバ金を注ぎ込み、芸術や福祉や教育を一顧だにしない自民党・公明党政府、およびそれを支持する方々にひと言申し添えたい。私たち、そして将来の世代が人間的で幸せな暮らしができるように、税金を使いなさい。 本日の九枚です。
by sabasaba13
| 2015-12-14 06:32
| 美術
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自己紹介
東京在住。旅行と本と音楽とテニスと古い学校と灯台と近代化遺産と棚田と鯖と猫と火の見櫓と巨木を愛す。俳号は邪想庵。
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