スイス編(90):ジュネーヴ(14.8)

 17:44発の普通列車に乗り込み、ローザンヌで乗り換えです。駅のホームに落ちたバゲットには、雀が群がってお食事中。入線してきた列車には二階建て車両があったので、さっそく一等車の二階座席に陣取りました。
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 ジュネーヴのコルナヴァン駅に着いたのが午後六時半ごろ、ここでいったんAさんとはお別れして、夕食のために20:30にホテルのロビーで落ち合うことにしました。われわれはそれまでの間、ジュネーヴ旧市街を散策することにしましょう。モン・ブラン通りをてくてくと歩き、iが同居している恰幅の良い郵便局を撮影。レマン湖にかかるモン・ブラン橋の欄干には、「CICR」「ICRC」「150ans」と記された大きな旗がたくさん掲げられていましたが、赤十字国際委員会創立150年を祝っているようです。今、調べてみると、CICRはフランス語(Comite international de la Croix-Rouge)、ICRCは英語(International Committee of the Red Cross)でした。
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 湖畔では、子どもを連れた家族が白鳥に餌をあげています。モン・ブラン橋の隣にある橋を渡ると途中にルソー島があり、18世紀フランスを代表する思想家、小説家であるジャン・ジャック・ルソー(Jean-Jacques Rousseau)の銅像がありました。
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 ちなみに彼は1712年6月28日、フランス系スイス人の時計職人の子としてここジュネーヴに生まれたのですね。先述のように、旅をしたあとに読書をしていると、たまたま訪れた所に関する記述に出あうことがよくあります。ルソーに関しても、こんな一節に出会えました。『街場の憂国会議 日本はこれからどうなるのか』(内田樹編 晶文社)所収の「安倍(とお友だち)のことば」の中にある高橋源一郎氏の言葉です。
 …それぞれに異なった、「複雑な」存在である人びとが、それぞれの異なった生活をおくることができるように、即ち、それぞれの異なった形の「幸福」を追い求めることができるように、後ろからそっとサポートすることが、政治のやるべきことなのではあるまいか。
 「民主主義」の根本理念を追い求めたジャン・ジャック・ルソーは、『社会契約論』で、その「民主主義」に参加する人たちの考え方が、全員異なっていることを、もっとも重要なことであると考えた。
 「民主主義」が、なにかを決定する「政治」システムであると考えるなら、参加者の意見が異なれば異なるほど、言い換えるなら、意見が「ねじれ」るほど、決定は困難になる。けれども、「ねじれ」がなければ意味がない、「民主主義」においては「決定の速さ」よりも遥かに大切なものが存在している、とルソーは考えたのである。
 わたしは、そのルソーの思想の淵源が、「文学」にあると考えている。ルソーは、「文学」者として、「人間」の「複雑さ」を知っていた。あるいは、その「複雑さ」にこそ信を置こうとした。「複雑」である「人間」が、その「複雑さ」を忘れずにいられる社会システムを構築するために、彼は、その力のすべてを尽くしたのである。(p.134~5)
 決定の速さ、能率、単純化と画一化が横行し、人間の複雑を無視して「売国奴」「非国民」といった決めつけと怒号が猖獗を極めて今の日本。ルソーの叡智に学びたいものです。

 追記です。つい最近読み終えた『影の学問 窓の学問』(C・ダグラス・ラミス 晶文社)の中でも、ルソーの言葉が紹介されていました。ほんっとにそう思います。
 ある土地に囲いをして『これはおれのものだ』と宣言することを思いつき、それをそのまま信ずるほどおめでたい人々を見つけた最初の者…」が私的所有の発明者だったと書いたのはルソーである。彼は続けてこう言う。

 杭を引き抜きあるいは溝を埋めながら、「こんないかさま師の言うことなんか聞かないように気をつけろ。果実は万人のものであり、土地はだれのものでもないことを忘れるなら、それこそ君たちの身の破滅だぞ!」とその同胞たちにむかって叫んだ者がかりにあったとしたら、その人は、いかに多くの犯罪と戦争と殺人とを、またいかに多くの悲惨と恐怖とを人類に免れさせてくれたことであろう? (ジャン・ジャック・ルソー 『人間不平等起源論』 岩波文庫) (p.44~5)

 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2016-02-09 06:42 | 海外 | Comments(0)
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