『香港』

 小熊英二氏が監督した『首相官邸の前で』の映画評は以前に上梓しましたが、上映後におこなわれたトーク・ショーについて紹介します。ゲストは、歴史・文化社会学、ナショナリズム論、日本研究(鉄道史、サブカルチャー論、近代日本ナショナリズム)を専門とする香港の張…だめだ、漢字が難しすぎる。申し訳ない、Cheung Yuk Man氏。そして学生運動にコミットしている香港在住の女子大学生、周庭(アグネス・チョウ)氏です。
 テーマは民主化運動です。●があったら入りたいほど恥ずかしいのですが、2014年秋に香港では、市民が香港中心部を79日間も占拠するという「雨傘運動」が起きたのですね。正直、あまり実りある話は聞けませんでしたが、張氏が共同執筆された岩波新書を二人のサインをつけて即売するというので、購入しました。
 というわけで『香港 中国と向き合う自由都市』(倉田徹/Cheung Yuk Man 岩波新書1578)読了。「はじめに」で倉田氏はこう述べられています。香港は国なのか、地域なのか、都市なのか。イギリス的なのか、中国的なのか、アジア的なのか。グローバルなのか、ローカルなのか。親中なのか、反中なのか。親日なのか、反日なのか。経済都市なのか、政治都市なのか。これらほとんど全ての問いに対して「イエスでもあり、ノーでもある」としか言えない、と。そしてこう言われます。
 このような、複雑怪奇で千変万化の香港に、万古不易の原理は存在するのか。筆者両名がたどり着いた一つの答えが「自由」であった。植民地期から現在まで、香港は「自由都市」であった。「自由」の意味合いは時によっても変わるし、自由への脅威も常にあった。しかし、香港の人々は、自由を存分に使い、アイデアによって商売を生み出し、知恵によって強権と向き合い、たくましく生き続けた。香港を理解するには、この「自由」の本質に迫る必要がある。…まさに、香港は驚くほど自由なのだ。(p.x~xi)
 そんな香港について、倉田氏が歴史と政治を、張氏が社会と文化を論じたのが本書です。イギリスと中国という二人の巨人に支配されながら、自由にしたたかに生き抜いてきた香港の人々の歴史、たいへん興味深いものでした。中でもやはり「雨傘運動」に関する叙述は圧巻です。2014年、中国は、2017年に予定される香港初の政府トップ・行政長官の選挙において、北京と対立する民主派が出馬できなくなるような制度を決定しました。民主派と学生はこれに怒り、9月28日から12月15日までの79日間、香港中心部を占拠しました。催涙弾に雨傘を差して耐える市民の姿から、この運動は「雨傘運動」と称されます。占拠された地域の近くに住み、自らこの運動を体験した張氏が、占拠区の個人がそれぞれどうこの運動を作り上げたかを証言されています。例えば…
 2014年9月28日午後4時ごろ、学生たちを支援にきた市民が車道に溢れた。彼らは学生を包囲した警察の封鎖線を突破しようとしたため、警察による催涙ガスでの攻撃と、傘の防御陣との間での攻防戦が繰り返されていた。午後5時58分、一発目の催涙弾が発射された。市民はいったんは一斉に散ったが、一部はやがて方々から戻ってきた。暴徒と見なされると、警察の暴力に口実を与えるので、市民は手をあげて降参のポーズで、時に逃げたり、時に機動隊に立ちふさがったりして、平和主義を貫いた。大量の市民を全員逮捕することはできないし、報道カメラを前に市民に発砲もできない警察は、催涙弾を乱発するしかない。
 ゲリラ戦術といえば聞こえはいいが、香港人らしい弱虫戦術だ。一人ひとりの命と身の安全が大事、危険なら一時的に避ける。無駄な犠牲は要らないが、屈服しない。武装抵抗ではなく、野次馬根性で粘りぬいたことは、雨傘運動の長さと広がり、そして死者が出なかったことの理由のひとつだ。(p.173~4)
 弱虫戦術とはご謙遜、たいへん参考になるしたたかな戦い方です。警察の暴力に口実を与えない、報道カメラを利用する、無駄な犠牲はださないが屈服しない、そして野次馬根性。お見事。
 また村上春樹氏がエルサレム賞授賞式スピーチで使った比喩「壁と卵」が、雨傘運動でたびたび引用されたことも知りました。壁=システムを、専制政治と中国共産党の比喩として使ったのですね。また雨傘運動の最中にベルリンで行なわれた文学賞受賞式スピーチでは、香港の若者にエールを送り励ましたそうです。迂闊にもこれは知りませんでした。インターネットで調べたところ、「小さなスナック」というサイトに全文が掲載されており、最後は"まさに、壁と闘っている香港の若者たちにこのメッセージを送りたいと思います"というエールで締めくくられていました。
 権力に翻弄されることを拒否する「自己決定の自由」を求めて戦う香港の人たち。そして筆者は、その香港と日本を比較してこう述べられています。長文ですが、たいへん重要なことですので引用します。
 選挙のない時期に、民意を為政者に見える形にするのがデモである。もちろん、デモは選挙と異なり、参加人数を正確に数える仕組みはないし、どれほど大規模なデモも、総人口の過半数の参加を集めることはまずあり得ない。デモ=民意との解釈はむしろ民主主義に反するもので、「沈黙する多数派」の「声なき声」を聴けという主張も、普遍的に見られる。しかし、デモ現場の人数以外に、デモに共鳴しつつも現場には行けない人が多数いると想定されるのは当然である。また、仮に主張に賛同する者が少数派であったとしても、デモという行動に出る人の訴えは、多くの場合沈黙する者や無関心の者よりも切実なものであり、あるいは多数派が彼らの何らかの権利や意思を不当に踏みにじっていることへの強い抗議なのかもしれない。抗議する権利を否定することは、次に自分が権利を侵されたときに、抗議の声をあげる権利を放棄することと同義なのである。こういったことを踏まえずに、デモ現場の人数を総人口で割って比率を求め、それを根拠にして主張を無視するような発想は、民主主義の相当表面的な理解と言わざるを得ない。デモは「権利」であり、ここで発揮されるべきは、多数決の「民主」よりも、権利を侵害されない「自由」なのである。
 香港の人々は、自由の権利の行使として、当たり前のようにデモを起こす。一方の日本では、大規模な抗議デモが発生し、世論調査で反対が多数を占めると報じられる中、安保法案は国会で可決された。香港市民から見れば、これはむしろ不思議な光景である。「民主的」な政治体制の下に住む日本人が、どれだけ「自由」だと言えるだろうか。貿易拡大のために、北海道は農業の犠牲を強いられる。安保を理由に沖縄は基地を強制される。さらに言えば、対米関係が国内世論より優先される日本に、どれほどの「自己決定の自由」があるだろうか。
 制度面で十分な自由の空間が保障されている日本に対して、香港の自由は常に植民地当局や共産党という強権と相対し、極めて脆いもの、不完全なものにも見える。しかし、香港市民はこれまで、与えられた自由の空間を存分に活用してきた。自由を使うことが香港の活力であり、それによって香港そのものが、独自の存在として生き延びてきたのである。
 日本国憲法は集会や表現、言論の自由を保障する。しかし、周囲の空気を読み、強い主張を行って突出することを避けようとする傾向が強いと言われる社会にあって、こういった自由の権利は十分に発揮されていると言えるだろうか。使えない権利は意味を持たないし、使わない自由はやがて錆びつき、劣化する。
 香港式の「自由の使い方」を、日本も学ぶべきではないだろうか? (p.224~6)
 うーむ、考えさせられます。私たちはもはや「卵」ではなく、壁をつくる一個の「煉瓦」なのかもしれません。♪All in all you're just another brick in the wall♪ 壁にぶつかって割れるよりも、壁の一部になった方が楽ですものね、何も考えなくていいし。雨傘運動で中心的役割を果たした学生団体「学民思潮」メンバーで、トークをしてくれた周庭(アグネス・チョウ)氏が、初来日後のフェイスブックに次のように書き込まれたそうです。
 日本はかなり完璧な民主政治の制度を持っているが、人々の政治参加の度合い、特に若者のそれはかなり低い。日本に来て、私は初めて本当の政治的無関心とは何かを知った。(p.223)
 なお1月11日配信の朝日新聞デジタルによると、中国共産党に批判的な本を出版・販売していた香港の書店関係者5人が失踪した事件が、香港で起きました。失踪時の状況から中国当局が越境して香港内で拘束したとの見方が出ており、5人の釈放を求め、民主派団体が呼びかけた抗議デモには、主催者発表で約6千人が参加したとのこと。いま、香港で、そして世界各地で、壁と戦っている卵たちが大勢いることを肝に銘じたいと思います。

 追記。気になる指摘が二つありました。「異論は認めぬ、経済発展に驀進すべし-典型的な中国共産党型の統治理念である」(p.ⅴ)と、「行政と司法が一体化し、政治的判決が下されることが常態となっている大陸」(p.11)。デジャ・ヴ…これって日本と同じですね。もしかすると共産党政権は、日本をお手本にして突っ走っているのかもしれません。そしてそれがある意味では成功しているのを見た日本の為政者の皆様方が、近親憎悪的な反発を感じているのが「嫌中」の正体なのかな。

 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2016-02-11 06:34 | | Comments(0)
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