スイス編(91):ジュネーヴ(14.8)

 橋を渡って対岸に行くと、そこが旧市街。迷路のように狭い路地や階段が入り組んでいます。
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 水飲み場には"EAU POTABLE"というフランス語、たぶん飲料水ということなのでしょう。石段の端には、自転車用の鉄製のレールが敷かれていました。そして着いたのが"Rue Jean-Calvin"、カルヴァン通りです。
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 カルヴァンが拠点としたサン・ピエール大聖堂の尖塔が見える細い路地に、彼が住んでいた家がありました。カルヴァンについて、『図説 世界の歴史6 近代ヨーロッパ文明の成立』(J.M.ロバーツ 創元社)から引用しましょう。
 さらにカルヴァン派とよばれる非常に重要な一派も生まれていました。カルヴァン派を創設したのはジャン・カルヴァンというフランス人でしたが、その運動の拠点はスイスのジュネーヴにありました。神学者だったカルヴァンは、まだ若い時分に、のちに大きな影響をおよぼすことになる独自の神学をまとめあげています。彼の神学の中心にあったのは、ごく少数の人びと、つまり神によってあらかじめ救済を約束されている「選民」をのぞいて、人間の救済は不可能だという思想です。
 この暗く陰鬱な思想がもっていた魅力を理解することは、容易なことではありません。けれどもカルヴァンの影響力はジュネーヴだけでなく、フランス、イギリス、スコットランド、オランダ、イギリス領北アメリカなど、多くの国に広がっていき、その後の各国の歴史を動かしていくことになりました。彼の教えでは自分が「選民」であると確信できるかどうかという点がもっとも重要なポイントだったのですが、神の戒律を守りながら聖礼典(サクラメント)に参加すれば「選民」の兆しが現れるとされていたため、そのような確信を得ることは、実はそれほどむずかしくはなかったようです。
 カルヴァンはジュネーヴに理想のキリスト教都市を実現するため、教会法規を制定しています。また、神を冒?した者と魔術を行なう者は死刑に処するとしましたが、そのことは同時代の人を特別驚かせはしなかったようです。一方、不義密通についても死刑に処すとしたことは、従来よりもはるかにきびしい罰則としてとらえられました(密通した女は水死刑に、男は斬首刑に処せられました)。もちろん異端の罪を犯した者は、もっともきびしい刑罰(火刑)が待っていました。(p.71~2)
 またシュテファン・ツヴァイクは『権力とたたかう良心』(みすず書房)の中で、こう語っています。
 カルヴァンが現実の世界で勝利したのは、まさにこの強情なまでの自信、予言者的な狂信、偉大な偏執狂のおかげであった。(中略) 暗示にかかりやすい一般のひとびとが寛容な正義のひとに従ったためしは、かつて一度もない。彼らはつねに、自分の真理こそ唯一の真理であり、自分の意志こそ世の法律の基本原則だと公言してはばからないような偉大な偏執狂にだけ従うのである。(p.46)
 これ以後、世界を席巻するヨーロッパやアメリカ合州国の資本主義、植民地主義、帝国主義、そして新自由主義を支えたのは、この暗く陰鬱だが魅力的なカルヴァンの教えなのかもしれません。自らを「選民」とする傲慢さと自信、自分の真理と意志が唯一のものであるとする狂信と偏執、そして選ばれない他者に対する不寛容と差別と暴力。奈落の底へ落ちつつある世界、やり直すにはここから始めなければならないのでしょうか。

 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2016-02-13 07:35 | 海外 | Comments(0)
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