2016年参議院選挙

 やれやれ。参議院選挙の結果を知って、ある程度は予想していましたがそれでも暗澹とした気持となりました。絶望はしませんが。
 自民党の得票数の多さ、改憲勢力が三分の二を超えたこと、そして投票率の低さ。清沢洌と同様、国民のイグノランスの深淵は計りがたいと溜息をついてしまいます。はあ。

 それにしても、自民党・公明党に投票された方、および棄権された方は、安倍伍長政権が何を目ざしているのかを知悉した上で、その投票行動をされたのでしょうか。あるいは知らないのか。最近読み終えた『世界「最終」戦争論』(内田樹 姜尚中 集英社新書)の中で、内田氏が安倍政権の企図を的確に指摘されているので紹介します。
内田 成長し続けるような余力は日本にはもうありません。成長し続けたかったら、中国のように強権的な政治にして、市民的自由を制約して、「選択と集中」戦略で少数の富裕層に国民資源を全部付け替えてゆくしかない。あるいは、シンガポール化、北朝鮮化といってもいいと思います。
 でもこんなことを続けていれば、行く末は見えています。本来なら、国民が二百年、三百年と使い延ばすための国民資源を、当期の利益だの四半期の売り上げだの今の株価だのということのために流し込んで、短期間で溶かしているんですから。国民資源の中には、大気や海洋や森林のような自然環境もあるし、交通網や通信網やライフラインのような社会的インフラもあるし、司法や医療や教育のような制度資本もありますけれど、どれも生身の人間が日常の生活を営むためになくてはならならぬものです。でも、経済成長の余地がないとなると、その「生身の人間が日常の生活を営むためになくてはならぬもの」を商品化したり、株式市場に投じたりするしか手立てがない。年金を株に突っ込むなんて、もう正気の沙汰ではないとしか言いようがない。

姜 それで、どれだけ損しているかも、国民にはディスクロージャーしませんからね。

内田 彼らを追い立てているものは、焦燥感ですね。

姜 ええ、なんでも短期に結果を出さないとダメですからね。悠長に構えていたら、バスに乗り遅れる。それがグローバリゼーションの鉄則、選択と集中ってやつです。

内田 本当に自転車操業なんだと思います。走り続けないと国が倒れてしまうという、そういうモデルをわざわざ作ってしまった。
 そうすると、もうこの速度を維持するためには、政治的には独裁しか手立てがない。それは経済合理性から導かれる自明の結論です。共和的な合意形成手続きや、分権の仕組みでは、この速度を維持できない。速度を維持するためには、全権を官邸に集中させて、司法府も立法府も行政府の指示に従う仕組みを作るしかない。ビジネスマンの中にはそう信じている人がいくらもいます。もしかすると過半数がそう信じている。金儲けのためには立憲デモクラシーは邪魔なんです。だから、改憲したがる。このまま次の選挙で自公が勝てば、緊急事態条項から改憲に持ち込む可能性があります。自民党改憲草案のようなものが通ってしまえば、もう立憲政治はおしまいです。だって、新設の第九章を見ると、緊急事態を宣言すれば、法理的には未来永劫総理大臣に全権が委任される制度なんですから。彼らはシンガポールや北朝鮮のような国にしたいのです。
 ビジネスマンだって、それなりに今の世界情勢については危機感は持っていると思います。でも、生まれてからずっと経済成長モデル以外は知らない。それ以外のオルタナティブがあり得るということを考えたことさえない。だとすると、成長し続けるためにはとりあえずシンガポールをモデルにするしかない。治安維持法で反政府的な人間を令状なしで逮捕拘禁できるようにする。反政府的なメディアはすべて潰す。労働組合も潰す。「金儲け」に直結する以外の学術には公的支出をしない。全国民が「経済成長」という国是のために一億総活躍するシステムを作る。そうやって金儲けのしやすいビジネスの環境を作って、世界中から資本を呼び込んでくる。安倍政権の当面の政策が向かっているのは、その方向ですよ。(p.162~4)
 自公に投票された方、棄権された方にお訊ねしたいですね。日本がこんな国になることを望んでおられるのですか、と。

 結局、多くの犠牲者を出したアジア・太平洋戦争から、ほんとうに大事な教訓を学ばなかったということでしょうか。政府に権力を集中させ、政府への批判を封じ込めると、どのような末路が待っているのかという教訓を。永井荷風が『断腸亭日乗』に書きつけた言葉を、そして夏目漱石が日記に書きつけた言葉を思い出してしまいました。
 歴史ありて以来時として種々野蛮なる国家の存在せしことありしかど、現代日本の如き低劣滑稽なる政治の行はれしことはいまだかつて一たびもその例なかりけり。かくの如き国家と政府の行末はいかになるべきにや。(1943.6.25)

 汝の現今に播く種は、やがて汝の収むべき未来となって現わるべし。(1901.3.21)

by sabasaba13 | 2016-07-11 06:35 | 鶏肋 | Comments(0)
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