京都錦秋編(22):東福寺本坊庭園(14.11)

 それでは東福寺本坊庭園に寄りましょう。実は以前に訪れたことはあるのですが、重森三玲の傑作庭園、何度でも見たくなります。ちなみに前回来訪したのは春、今回は秋の風情を楽しみたいと思います。余談ですが、京都で乗ったタクシーの運転手さんにこう言われたことがありました。「京都の寺の庭は、春夏秋冬、四回見て始めて見たといえるんや」 うーん、深いなあ。というわけで、私が独自に蒐集した"京都タクシー運ちゃん名言集"です。「寒いから京都に行かないなんて、美を見る心がないやつや。雪なんて降ったらそれこそラッキーやで」 「お寺はんに休みなどあらへん。来る者はこばまずや」 「かんにんしてえな・どついたろか・なにしとんねん(筆者注:西山の狭い山道で前をとろとろ走る車に浴びせた罵詈)」 「山科はええけど、つぶしがきかんからなあ」 「高台寺に行くんやったら、腹くくらなあかん(筆者注:紅葉ライトアップを見に行くと言ったら)」 「秋の京都は紅葉やなくて、人を見にくるもんや」 「拝観料やのうて入場料や。誰も仏はん拝んどらん」 「(筆者注:京都御所に行ったと言ったら)天ちゃんも喜んではるやろ」 「ええ遊びをするにはがんばらなあきまへん」 だから京都のタクシーは大好きです。
 閑話休題。このお庭は、以前は"東福寺方丈「八相の庭」"という名称でしたが、2014年に国指定名勝に登録され、改めて「東福寺本坊庭園」と改称されたそうです。その由来について、同寺ホームページから小生の文責で要約して紹介しましょう。
 東福寺本坊庭園は、作庭家・重森三玲(1896-1975)によって1939(昭和14)年に完成されたものです。昭和11年~13年末までの三年間の日本全国古庭園実測調査を終え、日本庭園史図鑑全26巻を発刊した直後の作品で、従来の日本庭園の意匠形態にはない、独自の新しい発想のもとに作庭された庭園です。その意匠が画期的な形態となった大きな要因が、当時の執事長であった爾以三師から唯一提示された「本坊内にあった材料は、すべて廃棄することなく、もう一度再利用する」という条件でした。これは禅の教えである「一切の無駄をしてはならない」から提示されたことで、これによって三玲の設計は、かなり厳しい制約が課せられました。しかしこの制約された条件の中で、美を最大限に追求した結果が、この斬新な庭園として結実したのですね。方丈を中心とした東西南北の四方に、それぞれの表現が異なる庭園がつくられています。

 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2016-09-30 06:28 | 京都 | Comments(0)
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