京都錦秋編(28):妙心寺大法院(14.11)

 それでは本日最後の訪問先、妙心寺へ参りましょう。ふたたび地下鉄東西線に乗り、太秦天神川駅へ、ここで嵐電天神川駅から京福電車に乗り換え、帷子ノ辻駅で嵐電北野線に乗り換えて妙心寺駅に到着です。駅構内に「特別公開 木島櫻谷旧邸」というポスターが掲示してありました。このしまおうこく? 不学にして知りませんでしたが、どのような方なのでしょう。いまインターネットで調べてみました。木島櫻谷(1877~1938)は京都で活躍をした円山四条派の日本画家です。大正元年頃、室町御池から衣笠等持院の地に転居、それを契機に、土田麦僊、村上華岳、堂本印象ら京都画壇の画家たちが衣笠周辺の地に移り住むようになりました。その時に建てられた母屋(和館)と収蔵庫および展示室(洋館)、それにアトリエ(画室)が登録有形文化財に指定されているそうです。はい、勉強になりました。今度、訪問してみたいと思います。
 妙心寺北門に向かう途中に、入口脇の電気メーターボックスに福助が鎮座している「ワンダアカフェ」というけったいなお店がありました。色物系なのでしょうか、おそらく店内にはレトロなグッズが充満しているのでしょうが、味の方はいかがなのでしょう。
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 そして妙心寺に着きました。口さがない京雀は「建仁寺の学問面、大徳寺の茶面、妙心寺の算盤面」と言ったそうですが、拝観料が高いのかな、少し心配です。たくさんの塔頭があるのですが、公開されているのはその一部です。天球院も非公開ですが、門からは見事に色付いた楓の古木が見えました。眼福、眼福。同じく非公開の大通院にも真っ赤な紅葉がありました。
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 今回のお目当ては、特別公開されている大法院です。以前に訪れたことがあり、きれいなお庭がありながらも観光客が少なく、心静かに鑑賞できた記憶があります。ぜひ山ノ神にも見せてあげたいと思って寄ったのですが…けっこう参拝客がつめかけています。インターネットで情報が拡散したのでしょうか。抹茶をいただいたのですが、庭を眺められる場所はすべて人でうまっていました。
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 それでも、草木が生い茂る侘びた雰囲気、美しい紅葉、よいアクセントとして景観をひきしめる茅葺の待合、蔀戸、石灯籠、蹲踞、飛石、延段など、素敵な景観に山ノ神も喜んでくれました。よかった。♪When you're smilin' When you're smilin' The whole world smiles with you♪ レスター・ヤングのそれはそれは素晴らしいソロが脳裡を流れました。客殿をとりかこむこのお庭は、茶室「有隣軒」の露地庭となっています。"有隣"とは、『論語』の「徳不孤 必有隣」に拠るという解説がありました。「徳は孤ならず、必ず隣有り」か、いいお言葉ですね。最近読んだ『論語』(ちくま文庫)の中で、桑原武夫氏はこう述べられています。
 「徳」とは、道徳であり、また同時に道徳を信じ行なう人の意味を不可分にもつものと考えられる。道徳とは特定の社会の風習をふまえて、その法則的理念化として生れるものである。したがって道徳が個人的特殊性の中に限界づけられるということは、矛盾であり、ありえないはずである。しかし、現実社会では道徳は個人を媒介にしてしか発現されることはなく、そのさい個人のもつ内外の諸条件によって、変容を生じることもまた明らかである。
 孔子は乱れた世の中で道徳の理想を貫くことは、一見孤立無援のたたかいのようだが、もともと普遍的なものである道徳には必ず同行者、理解者つまり友があるという確信を表明したのである。儒教に独特な健康なオプチミズムがここにはっきりあらわれている。「隣」という具体的な人間関係を示す言葉が用いられていることも、この章を力強くしている。(p.88~9)
 これは個人の人間関係だけではなく、国際関係にも敷衍できる言葉だと思います。不徳な外交を続けると、孤立し近隣に友邦がいなくなることを身に沁みて感じているだけに、よけい心に響きます。

 本日の三枚です。
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by sabasaba13 | 2016-10-12 08:08 | 京都 | Comments(0)
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