『ハドソン川の奇跡』

『ハドソン川の奇跡』_c0051620_634425.jpg 山ノ神に、『ハドソン川の奇跡』を見に行こうとさんざっぱら誘われました。ようがす、情けは人の為ならず、付き合いましょう。蓋を開けてみれば、何のことはない、夫婦割引1100円で見られるからなのですね。
 というわけで、自転車をこいで「としまえんユナイテッドシネマ」に行きました。平日の夕刻ということもあり、空席が目立ちます。そして本編上映までに、数多の予告編を見せられましたが…その想像を絶する低劣さに空いた口が塞がりませんでした。暴力と殺人とアクションとファンタジーのオンパレードです。食指が動いた映画は一本もなし。中でも、椅子が動き、水しぶきがかかり、匂いまでするという、新趣向の映画の謳い文句「考えるな、感じろ」には、もう返す言葉もありません。そうか、考えさせられる映画はもう廃棄処分なんだ。日本人の知的劣化を、こんなところでも痛感した次第です。
 さて肝心の本編ですが、正直に言って全く期待はしていませんでした。監督はクリント・イーストウッド、主演はトム・ハンクス、ハドソン川への不時着水を見事に成功させた機長を讃えた一大感動巨編…と勝手に想像していたのですが、どうしてどうして、けっこう陰影と起伏のある面白い映画でした。ストーリーを紹介します。
 2009年1月15日、極寒のニューヨーク。160万人が暮らすマンハッタン上空850メートルで突如、航空機事故が発生。全エンジンが完全停止し、制御不能となった旅客機が高速で墜落を始める。サレンバーガー機長(トム・ハンクス)の必死の操縦により、70トンの機体は目の前を流れるハドソン川に着水。"乗員乗客155名全員無事"という奇跡の生還を果たした。着水後も、浸水する機内から乗客の避難を指揮した機長は、国民的英雄として称賛を浴びる。だが、その裏側では、彼の判断を巡って、国家運輸安全委員会の厳しい追及が行われていた……。
 保険金をケチるという圧力もあったのでしょうか、不時着水は機長の判断ミスであり、空港に引き返せば無事に着陸できたはずだと強硬に主張する国家運輸安全委員会。もしミスとなったら、すべてを失い路頭に迷ってしまう。苦悩する機長と妻。何としてでも正当性を立証しようとしますが、委員会はコンピューターを駆使した緻密なシミュレーションで機長を追い詰めます。しかしサレンバーガー機長は、この鉄壁の論証を、見事に一点突破します。その根拠は…見てのお楽しみですが、ヒントは"human factor"という言葉です。胸のすくような結末でした。
 そして不時着水を再現したシーンは、血沸き肉踊り手に汗握りました。バード・ストライクによるエンジン・トラブル、機長のぎりぎりの決断、冷静なクルーたち、臨場感あふれる着水、そして凍てつくハドソン川から乗客全員を救おうとする機長・副機長・キャビンアテンダント・沿岸警備隊・フェリーの乗組員の必死の努力。この場面だけでも見る価値があります。1100円なら充分にもとのとれる映画でした、1800円だと二の足を踏みますが。
 ただ、ふと脳裡をかすめたのが、155人の人びとを救うためにこれほど素晴らしい献身的な行為を行なったアメリカ人が、ドレスデンへの無差別爆撃、広島・長崎への原子爆弾投下や日本各都市への無差別爆撃、朝鮮戦争・アフガニスタン戦争・イラク戦争を筆頭に数知れぬ戦争や武力介入における一般市民の殺戮などに対して悔悟や反省や謝罪の意を表しないのでしょうか。真冬のハドソン川に着水した155人は助けるのに、なぜ無辜の子どもたちの頭上に原子爆弾や焼夷弾やナパーム弾やクラスター爆弾を落とせるのか。もちろん、自らも同様の行為をし、またアメリカの殺戮に抗議をせず、場合によっては片棒を担いだ日本人としては決して他人事ではありませんが。
 世界には、救うべき少数の人間と、殺してもいい多数の人間がいるということなのでしょうか。そういう意味で考えさせられる映画でもありました。
by sabasaba13 | 2016-10-27 06:35 | 映画 | Comments(0)
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