東京散歩(水門・教会)編(5):日本基督教団戸山教会(15.1)

 本日最後の訪問先は戸山です。十条から埼京線で池袋に行き、地下鉄副都心線に乗り換えて西早稲田駅へ。ここから十分ほど歩くと戸山公園に到着です。こちらには、尾張藩徳川家の下屋敷だった頃、庭園の池を掘った残土でつくった築山である箱根山がありました。標高44.6メートルで、山手線内最高峰とも言われるそうな。頂上までのぼってあたりを睥睨しようとしましたが…それほど高くなく木々も生い茂っているので眺望はよくありません。なお戸山公園サービスセンターに行くと、「登頂証明書」がもらえるそうです。
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 下山してすこし歩くとお目当ての日本基督教団戸山教会に着きました。堅牢な石組建造物の上に普通の教会が乗っかっているという摩訶不思議な建物です。
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 これはなにか曰くがありそうですね。『大軍都・東京を歩く』(黒田涼 朝日新書492)から引用します。
 ここには(※戸山公園)、1874(明治7)年から陸軍戸山学校などが広がっていました。射撃、銃剣術、体操などを主に士官や下士官に教授し、1891年には軍楽学校も移転してきます。1912年に陸軍歩兵学校が千葉にできたため、その後戸山学校では体育と軍楽を担当しましたが、1939(昭和14)年から再び射撃術の教育研究を行うようになります。(中略)
碑から箱根山をはさんで反対側には戸山幼稚園と戸山教会があります。これは敗戦後間もなく、空襲で焼けてしまった都内の教会の再建場所としてGHQの斡旋で建てられたものです。建物の地下部分は戸山学校時代の将校集会施設だったといいます。石造りの重厚さが時代を感じさせます。(p.133~5)
 余談ですが、近くにある国立感染症研究所のあたりには、かつて陸軍軍医学校がありました。1989年、研究所を建設する際に、大量の人骨が発見されるという事件がありました。『保存版ガイド 日本の戦争遺跡』(戦争遺跡保存全国ネットワーク編著 平凡社新書240)から引用します。
 1989年7月、新宿区戸山の厚生省(当時)戸山研究庁舎(現・国立感染研究所、国立健康・栄養研究所)の建設現場で少なくとも62体の人骨が発見された。ここは、陸軍の軍医養成機関であった陸軍軍医学校の跡地であり、人骨の発見地点が軍医学校の防疫研究室(室長石井四郎)だった建物の北側にあたることから、これらの人骨を鑑定することになった。
その結果、頭骨に銃創やドリルで穿孔された痕があるなど人為的に加工された可能性があると判明した。
 厚生省は、人骨の由来調査を実施し、関係文章の調査と軍医学校関係者に対する聞き取りやアンケート調査により、これらの人骨が軍医学校の標本類または標本作製用あるいは医学教育用に集められた死体の一部であり、敗戦による軍医学校の活動終了に際して処分され、埋められたものとの報告をまとめた。軍医学校保有の標本類には、戦死者などから作製されたものが含まれていた可能性もあるが、鑑定で人類学的には「少なくとも一般日本人集団からの無作為標本ではない可能性が大きい」とされたものの、生前の国籍までは特定できなかった。
 調査では、死体または標本が関東防疫給水部(満州第731部隊)など海外から送られたことを示唆する回答もあったが、第731部隊との関連などを明確にはできなかった。発見された人骨は、戸山研究庁舎敷地内の納骨施設に保管されている。(p.124~5)
 "悪魔に鏡を突きつける"ためにも、これからもこうした戦争遺跡や戦争史跡を訪ね歩いていきたいと思います。

 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2017-07-03 06:26 | 東京 | Comments(0)
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