『米軍が最も恐れた男 その名は、カメジロー』

c0051620_625228.jpg 先日、映画『チャルカ』を、新宿の映画館「K's cinema(ケイズシネマ)」で見てきました。何か面白そうな映画はないかと館内のチラシやポスターを物色していると、『米軍が最も恐れた男』というタイトルが目に飛び込んできました。なに? 世界最強・最凶・最低のアメリカ軍が恐れた男がいたのか! それに続くタイトルは『その名は、カメジロー』。カメジロー? 亀次郎? あっ瀬長亀次郎か! 少々沖縄の歴史は勉強したので、その名は記憶に強く残っています。米軍の没義道な占領政策に敢然と立ち向かった政治家ですね。彼が書いた『沖縄からの報告』(岩波新書353)という本も持っています…まだ読んでいませんが。ごめんなさい、カメジローさん。その彼を主人公にして、TBSキャスターの佐古忠彦氏がつくったドキュメンタリー映画のようです。チラシからサマリーを引用します。
 第二次大戦後、米軍統治下の沖縄で唯一人"弾圧"を恐れず米軍にNOと叫んだ日本人がいた。「不屈」の精神で立ち向かった沖縄のヒーロー瀬長亀次郎。民衆の前に立ち、演説会を開けば毎回何万人も集め、人々を熱狂させた。彼を恐れた米軍は、様々な策略を巡らすが、民衆に支えられて那覇市長、国会議員と立場を変えながら闘い続けた政治家、亀次郎。その知られざる実像と、信念を貫いた抵抗の人生を、稲嶺元沖縄県知事や亀次郎の次女など関係者の証言を通して浮き彫りにしていくドキュメンタリー。
 これは見に行かなくては。さっそく山ノ神を誘って、渋谷の「ユーロスペース」に見に行きました。平日の午後二時すこし前に行ったのですが、なんとほぼ満席、最前列の席しか空いていません。これは嬉しい、けれど若者の姿がほとんど見当たらないのは悲しいですね。若者にこそ見て欲しい映画なのに。寺山修司ではありませんが、「スマホを捨てよ、映画館へ行こう」と言いたいところです。
 期待にあふれた熱気のなか、映画が始まりました。実写フィルム、写真、瀬長亀次郎の日記、関係者の証言を巧みに駆使しながら、占領下における米軍の過酷な支配と沖縄人の苦難、それに抗う瀬長亀次郎と人びとの闘いを手際よくまとめてあり、あっという間に107分が過ぎました。知識としては多少知っている占領下の沖縄史ですが、この映画のおかげでその実態をすこしは追体験できたような気がします。

 印象的なシーンはたくさんありました。冒頭でネーネーズが唄う「おしえてよ亀次郎」の一節、♪あなたならどうする 海のむこう おしえてよ亀次郎♪
 立法院議員に当選して米軍の肝いりでつくられた琉球政府創立式典に参加したものの、ただ一人宣誓を拒否して起立しなかった亀次郎。そして宣誓書に捺印しなかった男。これだけでも胸が熱くなるのですが、実はこれには深い背景がありました。「現代ビジネス」の中で、監督の佐古忠彦氏が詳しく説明されているので、私の文責で要約して紹介します。亀次郎は、「立法院議員は、米国民政府と琉球住民に対し厳粛に誓います」という条文の「米国民政府」の部分を削らないと宣誓書に判は押さない、と主張しました。困り果てた職員は、宣誓書をいったん持ち帰りました。そして再度見せられた宣誓書には、亀次郎の要求通り「米国民政府」の文字が消えていましたが、実はこれには見えすいたカラクリがあったのですね。宣誓書には、英語で書かれたものと日本語で書かれたものの二つがあり、英文を確認すると、こちらのほうには「米国民政府」がしっかりと残されていたのです。それを知った亀次郎は宣誓を拒否して起立せず、宣誓書に捺印しなかったのですが、これには法的根拠がありました。ハーグ陸戦条約の「占領された市民は、占領軍に忠誠を誓うことを強制されない」という条文です。こう主張されては、さすがの米軍も強制はできません。凄い… 英語文をチェックするという狐の用心深さと、自分の権利を主張するために国際条約を根拠にするという梟の智慧。たしかに「米軍が最も恐れる男」です。安倍上等兵・前原二等兵を筆頭とする現今の政治家・官僚諸氏に、彼の爪の垢を煎じて飲んでいただきたいのですが、彼らは確信犯として喜んで尻尾を振っているので飲むわけはありませんね。贅言でした。あえて注文をつければ、この背景も映画でとりあげてほしかったと思います。そうすれば、瀬長亀次郎の奥深さがもっと伝わるのではないかな。
 なお余談ですが、英文と日本文をうまく利用して権益を確保するという手法は、アメリカの常套手段のようです。例えば、『本当は憲法より大切な「日米地位協定入門」』(前泊博盛 創元社)によると、日米地位協定には日本語の正文がないそうです。前泊氏によると、この日米地位協定を含む、日米で結ばれる安全保障上の重要なとり決めの多くが、英語だけで正文が作られ、日本語の条文は「仮訳」という形になっているのだそうです。そのことの意味は、ふたつ。「正文」を変更して国民をだませば「犯罪」になりますが、ウソの条文を作っても、仮訳なら「誤訳だった」といってごまかすことができる。これがひとつ。もうひとつは、日本語の正文が存在しなければ、条文の「解釈権」が、永遠に外務官僚の手に残されるということです。ここまで私たちは愚弄されているのですね。ま、そうしたことを許し黙認する政党を政権の座につけ続けているのですから、自業自得です。

 まだまだあります。1954年10月、米軍は彼を、沖縄から退去命令を受けた人民党員をかくまった容疑(出入国管理令違反)で逮捕し、たった一人の証言を証拠として弁護士なしの裁判にかけ、懲役2年の実刑判決により投獄します。その刑務所で劣悪な待遇に反発した囚人の大規模な暴動が起こると、アメリカの職員は為す術もなく亀次郎に「何とかしてくれ」と頼ります。亀次郎が現われると囚人たちは静かにその話を聞き、彼が提案した「要求を話し合ってまとめ、代表を選んで刑務所側に伝えること」「逃走した囚人を連れ戻すこと」という条件をのんで暴動は鎮まります。
 たくさんの人びとが歓喜とともに出迎える出獄のシーンも感動的でした。出獄後、亀次郎は那覇市長選に出馬し、さまざまな妨害を受けながらも当選を果たします。しかし米軍は執拗な嫌がらせをして、彼を市長の座から追い落とそうとしました。占領軍出資の琉球銀行による那覇市への補助金と融資の打ち切り、預金凍結、そして水道の供給停止などです。彼は日記にこう書きます。「面白くなってきた」 またこれは米軍による「テロ」だとも。
 "テロ"の定義がえてして錯綜するのは、自分の行動は"テロ"ではなく、敵対勢力の行動を"テロ"だと決めつけようとするためです。"テロ"とは「恐怖で相手を威圧して様々な目的を達成する」と定義すれば、こうした米軍の行動はまごうことなく"テロ"ですね。米軍による占領統治は、この事件だけではなく、"テロリズム"が基調であったことを銘肝しましょう。『無意識の植民地主義』(野村浩也 御茶の水書房)から引用します。
 沖縄人の土地を暴力で強奪することによって建設が強行された米軍基地。それは、そこで農民として暮らしていた沖縄人から、生きる糧も住いもすべて奪いつくした。どうやって生きていけばよいのか。途方に暮れた沖縄人に米軍があてがったもののひとつ。それは、なんと、奪われた土地を軍事基地に変える仕事に従事させることであった。土地を強奪された者が、強奪した者のために、生命の糧を恵んでくれるはずの自分の土地を、みずからの手で、生命を奪う軍事基地に変えなければならない屈辱。土地を強奪された沖縄人のなかには、生きるために、そうするしかなかったひとも多い。生きるために、基地ではたらくしかなかったひとは多い。そして米軍人は、沖縄人が抵抗しようものなら、「首を切るぞ!」と脅かした。沖縄人は恐怖に震えた。職を奪われたら生きていけない。生命の糧を恵んでくれる自分の土地はもうないのだから。職を奪われることは、殺されるのも同然なのだ。よって、生きるためには、米軍という植民者に従うほかなかった。土地どろぼうに従うほかなかったのだ。
 これは、恐怖政治である。テロリズムである。土地を奪われた沖縄人の抵抗を抑え、軍事基地を安定的に維持するためには、沖縄人を恐怖させなければならない。そして、恐怖させるためには基地に依存させなければならない。依存させるためには沖縄人を自立させてはならない。(p.204)
 というわけで米軍の嫌がらせによって、市政運営の危機に見舞われますが、市民は自主的な納税によって瀬長を助けようとします。なんと、最高で97%! その様子を撮影したフィルムが流されますが、嬉々として税金を払うために長蛇の列をなす市民の姿にじーんときました。米軍首脳の、苦虫を?み潰したような顔が思い浮かびますね。
 しびれを切らした占領軍は、米民政府高等弁務官布令を改定し、投獄を理由に亀次郎を市長の座から追放し被選挙権を剥奪してしまいます。しかし市民は、亀次郎が応援する候補者を当選させ、米軍に一矢を報いました。
 そして1972年の沖縄返還、「核抜き・本土並み」という県民の願いは叶えられずに米軍基地は居座り続けます。亀次郎は衆議院議員として7期連続当選を果たし、国政の場において闘いを続けました。衆議院における佐藤栄作首相とのやりとりを映したフィルムが印象的ですね。沖縄県民への不平等・不公正を舌鋒鋭く問い詰める亀次郎、それを曖昧模糊に受け流す佐藤首相。ただ安倍上等兵のように相手を小馬鹿にしたような感じはなく、多少の品性は感じました。
 2001年10月5日、肺炎で死去。享年94。合掌。

 この映画を貫くものは、平和と人権のために米軍に抗った亀次郎の足跡にありますが、もうひとつ見逃せないのは彼が発した言葉の数々です。生前、好んで揮毫した「不屈」という言葉。「一握りの砂も、一坪の土地も、アメリカのものではない」、「民衆のにくしみに包囲された軍事基地の価値は0にひとしい」といった言葉。また彼はガジュマルを愛し、「どんな嵐にも倒れない。沖縄の生き方そのものだ」と語ったそうです。収容所で亡くなった母がよく言っていた「ムシルヌ アヤヌ トゥーイ アッチュンドー(ムシロの綾のように、まっすぐ、正直に生きるんだよ)」という言葉も忘れられません。

 というわけで、心に残る素晴らしい映画でした。ただ沖縄にこうした苦難を押しつけた日本政府と、それを支持した、あるいは無知・無関心であった有権者の責任についてあまり言及がなかったことが残念でした。これは、自分で調べて考えろ、ということでしょう。はい、そうします。もっと亀次郎の演説シーンが見たかったのですが、これはないものねだりですね。実写フィルムがあまり残っていないものと思います。
 これからも沖縄について学び、沖縄から学んでいきたいと思います。亀次郎の発した「不屈」という言葉を胸に、沖縄から、そして日本から軍事基地がなくなる日が来ることを夢見て。

 なおこの「不屈」の重要性に論及した文章を紹介します。まずは『戦後史の正体 1945‐2012』(孫崎享 創元社)です。
 ではそうした国際政治の現実のなかで、日本はどう生きていけばよいのか。
 本書で紹介した石橋湛山の言葉に大きなヒントがあります。終戦直後、ふくれあがるGHQの駐留経費を削減しようとした石橋大蔵大臣は、すぐに公職追放されてしまいます。そのとき彼はこういっているのです。
 「あとにつづいて出てくる大蔵大臣が、おれと同じような態度をとることだな。そうするとまた追放になるかもしれないが、まあ、それを二、三年つづければ、GHQ当局もいつかは反省するだろう」
 そうです。先にのべたとおり、米国は本気になればいつでも日本の政権をつぶすことができます。しかしその次に成立するのも、基本的には日本の民意を反映した政権です。ですからその次の政権と首相が、そこであきらめたり、おじけづいたり、みずからの権力欲や功名心を優先させたりせず、またがんばればいいのです。自分を選んでくれた国民のために。(p.171)
 もうひとつは『イェサレムのアイヒマン 悪の陳腐さについての報告』(ハンナ・アーレント みすず書房)です。
 はるかに強大な暴力手段を所有する敵に対する場合、非暴力的行動と抵抗にどれほどの巨大な潜在的な力が含まれているかを多少とも知ろうとするすべての学生に、政治学の必須文献としてこの物語を推奨したいという気持になる。(p.134)

 このような話に含まれる教訓は簡単であり、誰もが理解できるからである。政治的に言えばその教訓とは、恐怖の条件下では大抵の人間は屈従するだろうが、或る人々は屈従しないだろうということである-ちょうど最終的解決の申出を受けた国々の与える教訓が、大抵の国では〈それは起り得た〉が、しかしどこでも起ったわけではなかったということだったのと同様に。また人間的に言えば、この地球が人間の住むにふさわしい場所でありつづけるためには、このような教訓はこれ以上必要ではないし、またこれ以上求めることは理性的ではあり得ないということだ。(p.180)
 なお瀬長亀次郎が残した膨大な資料を中心に、沖縄の民衆の戦いを後世に伝えようと設立された資料館「不屈館」が那覇にあるそうです。是非訪れましょう。
 また拙ブログに掲載した、沖縄に関する映画として『標的の島』、『戦場ぬ止み』があります。映画評は書いていないのですが、『沖縄 うりずんの雨』も素晴らしい映画でした。
 沖縄に関する書評として『本当は憲法より大切な「日米地位協定入門」』[その一その二](前泊博盛 創元社)、『沖縄密約』もあります。よろしければご照覧ください。

 最後に、瀬長亀次郎の言葉をもうひとつ。
弾圧は闘いを生み、闘いは友を呼ぶ。

by sabasaba13 | 2017-09-05 06:26 | 映画 | Comments(0)
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