近江編(31):伏見(15.3)

 それでは男…もといっ(あーしつこい)弾痕を拝見しに参りましょう。龍馬通りを歩いていると、龍馬とお龍カップルの顔はめ看板がありました。
c0051620_6243749.jpg

 その先は、酒蔵が建ち並び、なかなか雰囲気のある街並みです。さてこのあたりにあるはずだが…きょろきょろ…あった。「魚三楼」という料理店に解説がありました。後学のために転記しましょう。
鳥羽伏見戦の弾痕

 右側、格子に数條ある痕跡は鳥羽伏見戦(1868年)の弾痕です。幕末の慶應4年1月3日、4日に此処伏見で薩長土連合の新政府軍と幕府軍とが大激戦をくりひろげました。世に言う鳥羽伏見の戦いです。(明治維新の最初の戦)
 幕府の大政奉還の奏上、朝廷の"王政復古の令"の直後朝廷側が決定した第15代将軍慶喜の辞官、納地(一切の官職と幕府領の返上)は、幕府を怒らせ、京へ攻め上って参りました。新政府軍は、これを鳥羽伏見で迎え撃ち、伏見では一大市街戦が展開され、幕府軍は敗れ、淀、大阪方面へ退却しました。
 この戦乱で伏見の街の南半分が戦災焼失、街は焼野原となりましたが、幸いにして、この建物は弾痕のみの被害で焼失免れました。
 格子を抉る弾痕を指でなぞりながら、徳川氏の命運を決めたこの戦いに思いを馳せました。なお「魚三楼」は明和元年(1764)創業の老舗料亭で、薩摩藩の炊事方も務めたそうです。
c0051620_625597.jpg

 なお鎌倉の妙法寺には、鳥羽・伏見の戦いの原因となった薩摩屋敷焼き討ち事件における双方の死者を祀った「薩摩屋敷事件戦没者の墓」があります。

 本日の三枚です。
c0051620_625296.jpg

c0051620_6255245.jpg

c0051620_626155.jpg

by sabasaba13 | 2017-09-14 06:27 | 近畿 | Comments(0)
<< 関東大震災と虐殺 9 関東大震災と虐殺 8 >>