近江編(43):水口(15.3)

 ちょいと趣旨は違いますが、外務省某幹部がこんなことをおっしゃっていました。
 日本人の実質識字率は5パーセントくらいだから、新聞は影響力を持たない。ワイドショーと週刊誌の中吊り広告で物事は動いていく。
 面白うてやがて悲しき…ですね。今の日本や世界について、格差社会について、テロや難民について、気候温暖化について、沖縄や福島について、そして安倍でんでん内閣の本質について、多くの方々が無知・無関心なのは、この実質識字率の壊滅的な低さ、言い換えれば本を含む活字媒体から縁遠くなったことに起因すると思います。それにしてもその原因はいったい何なのでしょう。私の場合は、まず暇潰し、そして視野が広がり知らない世界に出会える享楽が読書にはまる契機でした。やはりスマートフォンという恐るべき暇潰しメカがあらわれたことが大きいのだと愚考します。ただ、読書と違い、視野を狭窄させ世界を小さくするスマートフォンに享楽を感じる理由は、想像すらできません。

 なお最近読んだ『「おもてなし」という残酷社会』(榎本博明 平凡社新書839)の中に、興味深い指摘がありましたので引用します。
 過剰な「お客様扱い」という意味で、この頃とくに違和感があるのは、図書館で本を借りる際に「ありがとうございます」といわれることだ。
 こちらが無料でサービスを受けているのだから、お礼をいうべきはこちら側のはずだ。それなのにお礼をいわれるのだから、恐縮してしまう。
 と同時に、そのような従業員教育をする図書館の体質の変化に大いに違和感がある。
 なぜ、そこまで「お客様扱い」を徹底しようとするのか。なぜそこまで市民に対して自己中心的な心を植えつけようとするのか-。(p.20~1)
 うーむ、知らなかった。でもこれは確かに違和感を覚えます。深読みですが、各図書館にサービス競争をさせて、アンケートなどでその結果を数値化し、点の低い図書館の予算削減や統廃合を狙う地方自治体行政の腹黒い意図があるのかもしれません。でもせめて図書館は、競争原理とは無縁の場であってほしいし、傍若無人に騒ぐガキがいたら厳しく窘める雰囲気であってほしいものです。

 すぐ近くには「水口小学校校歌と巖谷小波」という解説板があったので、後学のために転記します。
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 「城山高くあらずとも」で始まる本校校歌は、明治43年(1910)制定、作詞は巖谷小波、作曲は入江好治郎です。
 巖谷小波(明治3年~昭和8年)は、水口出身の著名な書家、巖谷一六の子で、日本における近代的児童文学の創始者であり、「お伽噺の小波さん」として、明治・大正期の子供たちの大きな支持を集めた人物です。
 小波は作詞にあたり、地名や校名の連呼を避け、郷土の身近な風景の中に、子供の健やかな成長を描いて見せます。
 なお作曲の入江は、水口出身で上野音楽学校卒。滝廉太郎とは同窓でした。
 そうそう、今読んでいる、中野重治の『梨の花』(岩波文庫)にも、その名前が出てきました。20世紀初頭の福井県の農村を描いた自伝的小説です。
 「さあ、一服してくんないの。」
 どのへんでか、「ずいぜん寺のおばあ」がせんべん菓子を山盛りにして持ってきた。それから和子さんがちょっと引きかえして、『幼年画報』やら『少年世界』やらを持ってきた。その『少年画報』にぽつぽつの穴のあいた写真があったのだった。
 そこは緑いろの紙になっていた。良平は読んで、驚いて顔をあげたがまた読んだ。あの巌谷小波に、「小波おじさん…」という呼び方で手紙を書いている子供がどこかにいるのだった。
 小波というのは、小波山人ともいったが、良平はやはり大吉の『少年世界』で知っていた。この人はお伽噺を書いていた。それから「むかしの話」という子供時分の思い出話も書いていた。それから、雑誌でなくて本も書いていた。(p.288)

by sabasaba13 | 2017-10-29 07:36 | 近畿 | Comments(0)
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