内堀に沿って走り大手門橋を渡って自転車を置き、ゆるやかな坂道をのぼっていくと、廊下橋(非常時には落とし橋)と天秤櫓が見えてきました。

解説板を転記します。
この櫓は、豊臣秀吉が創築した長浜城大手門を移築したといわれているもので、ちょうど天秤のような形をしているところから天秤櫓と呼ばれた。この形式は、わが国城郭のうち彦根城ただ一つといわれている。嘉永7年(1854年)に中央部から西方の石垣を足元から積み替えるほどの大修理があり、東半分の石垣がごぼう積みであるのに比べ西半分は落とし積みになっている。
廊下橋を渡って天秤櫓を抜け、ふたたびゆるやかな坂道をのぼっていくと、時報鐘がありました。鐘の音が城下にとどくようこちらに移設したそうです。その先にあるのが、本丸の表口を固める太鼓門櫓です。

ここをくぐり抜けると、彦根城天守に到着です。江戸時代初期、鎮西を担う井伊氏の拠点として置かれた平山城で、譜代大名・井伊氏14代の居城。
現存十二天守のひとつでもあります。高校の修学旅行で訪れて以来の再会です。
まずは外観をじっくりと拝見。リズミカルに並ぶ千鳥破風とアクセントとなる唐破風、花頭窓に高欄付きの廻縁、城らしからぬ瀟洒な意匠です。それでは中に入りましょう。装飾のない武骨な空間ですが、戦国時代の息吹を感じます。博物館・資料館のように展示で埋め尽くされる天守もあるのですが、この方が往時の雰囲気が感じられて好感が持てます。

急な階段をのぼって最上階へ行くと、琵琶湖や彦根市街を一望できました。

本日の一枚です。