坂本龍一氏を追ったドキュメンタリー映画、『Ryuichi Sakamoto:CODA』が上映されるという情報を得ました。それほど熱烈なリスナーではないのですが、映画『戦場のメリークリスマス』のサウンドトラックはよく聴きました。ちょうど就職して右往左往していた頃で、疲れ果てて家に帰り、缶ビールを飲みながらこの曲を聴き幾度癒されたことか。また最近では、六ケ所村核燃料再処理工場による放射能汚染に警告を発したり、反原発集会に参加してスピーチをしたりするなど、意欲的な政治行動に瞠目しています。ちょっと注目したい音楽家ですので、山ノ神を誘って「角川シネマ有楽町」に見に行くことにしました。監督はスティーブン・ノムラ・シブル氏です。
プログラムによると、この映画をつくるきっかけについて、シブル監督はこう語っています。 自分は東京で生まれ育ったんですが、ちょうど坂本さんがニューヨークに拠点を移した時期と同じ80年代後半に大学入学のためにニューヨークに引っ越ししたんですね。その後も、接点といえば、坂本さんがニューヨークでおこなったコンサートを見に行ったくらいだったんですけど、2012年にニューヨークの教会で開催された京都大学原子炉実験所助教(当時)の小出裕章さんの講演会に行った時、その客席に坂本さんの姿をお見かけしたんです。そこでの坂本さんの真剣なたたずまいに、自分はとても強い印象を受けたんですね。それで、坂本さんの活動全般を追った作品を作れないかと考えるようになって、共通の知人を通して、数日後にご本人にアプローチをしたんです。小出裕章氏といえば、専門家の立場から核(原子力)の危険性を追求され続けてきた方です。拙ブログでも、『DAYS JAPAN』への投稿、『朝日新聞』の紹介記事、共著『原発・放射能』について紹介しました。その講演を真摯に聴く坂本氏の姿に心打たれたシブル監督によって、この映画はつくられたのですね。 まず東日本大震災における被災地支援活動が映像で紹介されます。宮城県名取市では、津波によって水浸しとなったピアノの鍵盤を愛おしむように叩く姿が印象的でした。岩手県陸前高田市でのチャリティコンサートでは、坂本氏のピアノとジャケス・モレレンバウム氏のチェロとジュディ・カン氏によるバイオリンというトリオで、「戦場のメリークリスマス」を演奏します。ほんとうに素晴らしい曲ですね、思わず涙腺がゆるみました。そして防護服を着て福島第一原発を囲む帰還困難地域を訪れ、首相官邸前の原発再稼働反対デモに参加するなどの、積極的な社会活動に目を瞠ります。 そして日々の作曲活動が紹介されます。身の回りにあるさまざまな音に耳をすまし、それを音楽へと昇華させようとする姿勢がうかがわれます。たとえば雨の音。最後にはバケツをかぶってそこにあたる雨の音にも興味を示しますが、このシーンがポスターとなっています。アフリカに行って民族音楽に触れ、なんと北極にまで行き、氷河の溶ける音にも耳を傾けています。彼の言です。 我々、日々暮らしていれば音に囲まれているわけですが、普通は音楽として聴いていない。でも、よく聞くと音楽的にもおもしろいんですよ。そういうものも、自分の音楽の一部として取り込みたい。YMO(イエロー・マジック・オーケストラ)の演奏など、若き日の映像も挿入されますが、今の彼との違いには驚きます。あふれるばかりの才能に自信を持ち、電子機器を自在に扱いながら、奔放に演奏するその姿を見ると「唯我独尊」という言葉が思い浮かびます。音楽を自分に奉仕させているというと言いすぎかな。 その昔日の彼が、なぜ謙虚に音楽に取り組むようになったのか、そして社会活動に尽力するようになったのか。2001年9月11日、自宅近くのマンハッタンで目撃した、米同時多発テロが関わっていると、彼は語っています。テロ以降七日間、ニューヨークの街から音楽が消え、彼自身も音楽を聴かなかったそうです。あらためて、音楽は平和でないとできないと痛感したことが、社会活動への意欲的参加につながったのですね。それでは民族音楽をも含めた"自然な音"へ、なぜこだわりはじめたのか。ご本人は、アンドレイ・タルコフスキー監督作品のサウンドトラックに惹かれたと語っていますが、それだけではないように思えます。実は、たまたま読んでいた『家族進化論』(山極寿一 東京大学出版会)の中に、次のような一文がありました。 しぐさとともに、音楽も人間が言葉以前に発達させたコミュニケーションである。音楽は仲間どうしのきずなを強め、一体化する気持ちを高めて協力行動をとるために大いに貢献した。現生人類がアフリカ大陸を出て季節変化の大きい環境へ進出できたのは、音楽による共感力の強化にあったのではないかと思われる。音楽のもつ共感力をもって、世界に住むさまざま人たちを結びつける。そのためにも、その音楽は、万人が受け入れられる自然の音を素材にしたものがよい。坂本氏はそう考えておられるのではないかと感じます。 力まず、自然体で、音楽に向き合い、社会運動に参加するその姿に元気づけられた映画です。中でももっとも印象に残ったシーンがあります。ソロピアノで「LIFE」という曲を演奏する坂本氏、その背後の大きなスクリーンには、原子爆弾開発の中心となったJ・ロバート・オッペンハイマー博士のインタビューが映し出されます。アラモゴードでの原爆実験に成功したときの様子を語る、慄然とするようなインタビューです。私は『パクス・アメリカーナの五十年』(トマス・J・マコーミック 東京創元社)や『楽しい終末』(池澤夏樹 中公文庫)で知ったのですが、後者より引用します。 われわれは爆風が通り過ぎるのを待って待避壕の外に出た。ひどく敬虔な雰囲気だった。世界が以前とは違うものになったのをわれわれは知っていた。笑っている者がおり、泣いている者がいた。大半の人々は黙っていた。わたしはヒンドゥーの古典バガヴァド・ギーターの一節を思い出した-義務を果たすべきだとヴィシュヌが王子を説得し、多くの手を持つ形に変身した上で言うのだ「今、わたしは死となる。世界の破壊者となる」。わたしは自分たちみんながそれぞれに同じようなことを考えていただろうと思う。(p.36)その映像が残されていたのですね。ユーチューブで見ることができます。真正面からこちらを見据え、まるで諦観したような、あるは人間の愚昧さをせせら笑うような、淡々とした話しぶりには肌に粟が生じます。この恐るべき映像に、鎮魂歌のような曲を重ね合わせた坂本氏の炯眼には脱帽しました。 なお、2017年4月にニューヨークのパーク・アベニュー・アーモリーで行われた、200人しか聴けなかった幻の限定ライブを収録した映画『坂本龍一 PERFORMANCE IN NEW YORK: async』が、2018年1月27日に全国劇場公開されるとのことです。監督は、本作と同じスティーブン・ノムラ・シブル氏。これも楽しみですね。
by sabasaba13
| 2017-12-24 16:12
| 映画
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自己紹介
東京在住。旅行と本と音楽とテニスと古い学校と灯台と近代化遺産と棚田と鯖と猫と火の見櫓と巨木を愛す。俳号は邪想庵。
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