次に軍隊と戦争です。明治政府は、植民地にされるのを防ぎ独立を守るために、徴兵制を施行して短期間で強力な軍隊を作り上げます。当初は防衛的な軍隊でしたが、日清戦争・日露戦争・第一次世界大戦を行なうにつれて、賠償金や植民地の獲得、経済的な権益の拡張などをめざす侵略的な軍隊へと変容していきました。国内の治安を維持して、システムの改変を防止するという機能は一貫していますが。
そしてこうした諸戦争に勝利した結果、官僚・軍人・財界はさまざまな戦時利得を獲得して潤いました。戦闘の最前線に立たされた民衆にも多少の戦時利得は滴り落ちたかと思いますが、最大のそれは、日本の植民地にされた朝鮮、戦争に敗れた中国、欧米列強の植民地にされているアジア諸国・諸地域の人びとに対する優越感と、日本人だけがアジアで唯一近代化に成功して植民地をもつ帝国をつくりあげたという強烈な自負心でしょう。これにより自らと同一化している国家=民族の威信がますます高まり、まるで自分がより強く偉くなった感じ、不安やストレスは多少なりとも解消されたと思います。その代償は、個人の抑圧と国家への隷従ですが。 また、これは片山杜秀氏が『大東亜共栄圏とTPP』(ARTES)の中で指摘されていることですが、この軍隊において「暴力の文化」とでも言うべきものが民衆に浸透したのではないか。具体的には、強大なロシアと戦うために短期間で精鋭・屈強な兵士に育て上げる必要が生じました。そのために、必要な軍事的スキルを、体罰によって体に叩きこむという軍隊教育がなされるようになりました。このやり方がやがて、軍事教練というかたちで学校教育にも持ち込まれていきました。こうして軍隊や学校において、上官・教員・先輩から日常的に暴力をふるわれる環境が生まれ、暴力に親和的な文化が根づいたのだと思います。 そして差別です。既述のように「国体」というシステムによって抑圧され貧苦に追い込まれ呻吟する民衆は、その不安・不満・ストレス・無能力感を、国家=民族という大集団に埋没することによって解消しようとしました。さらに戦争の勝利と植民地獲得によってアジア人を劣等視し、彼ら/彼女らに対する優越感を感じるようになりました。ここから人種差別によって無能力感を全能感へと昇華するという心理的からくりが起動したのではないかと考えます。ジョージ・オーウェルはそうした状況を"自分よりもっと弱い者にうっぷんを晴らして、自分の屈辱感に復讐している群居性の動物たち"と的確に表現しています。「自衛」という大義のもとに、おおっぴらに劣等な人種=朝鮮人を痛めつけて鬱憤を晴らし全能感を満喫する。次のような目撃談が、そうした様子を雄弁に物語っています。 避難者の右往左往する大通りを、鼠色の小倉服を着た、十七八の少年鮮人が、在郷軍人の徽章をつけた男に引っ張られて歩いてゆく。『私、怪しい者ぢゃありません、おやぢと一緒に、神田の家を焼け出された商人です』 少年は真蒼な、恐怖に満ちた顔をして、上手な日本語で弁解した。引っ張ってゆく在郷軍人は、多少解っていると見えて、唯少年の袖を握っているばかりだが、後からぞろぞろとついて行く群衆が、××××××くやら、バケツで××××り飛ばす。一旦擦れちがって行き過ぎた男も、それが××〈鮮人〉だと聞くと、わざわざ後戻りして×××〈なぐり〉つける。(『文章倶楽部』 細田民樹 「運命の醜さ」 新潮社、1923年10月号) (⑤p.104~6)ということは、差別・迫害の対象は朝鮮人だけである必要はありません。自分たちより劣等な存在であると国家や中間集団が認知すれば、そして反撃できない弱者・マイノリティであれが誰でもよいということになります。福田・田中村事件のケースがそうだと思います。日本人であると知りつつも、貧しげな行商団=よそ者を劣等な存在として暴行を加えて殺害し、日頃のストレスを発散し、集団としての一体感を確認したのではないでしょうか。
by sabasaba13
| 2018-01-05 06:53
| 関東大震災と虐殺
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自己紹介
東京在住。旅行と本と音楽とテニスと古い学校と灯台と近代化遺産と棚田と鯖と猫と火の見櫓と巨木を愛す。俳号は邪想庵。
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