近江編(65):長浜(15.3)

 北国街道はなかなか味わいのある街並みで「うだつ」のある町屋も散見されました。「武者隠れ道」という解説もあったので二つほど転記しておきます。
 この通りは北国街道の中で「武者隠れ道」と言われ他の街道には見られず、四ツ辻間が南北間長さ六十五間九尺(120米)各戸の家敷と隣家の家敷の境界が不規則に出たり入ったりして戦の時に身を隠したと古老より言ひ伝えられております。この様な道は余り他に見られぬ独特の景観を呈しております。

ここから『うだつ』がよく見える
 うだつ 「うだつが上がらない」とはよく使われる言葉だが「うだつ」とはもともと建築用語で日本家屋の屋根の両端を一段と高く上げ小屋根をつけた土壁を意味します。「うだつ」は防火や装飾などの目的で造られ、金持ちの家に限られたことから景気や威勢の良い例として「うだつ」が上ると言われます。
 「うだつ」が始めて造られたのは室町時代、応仁の乱後、荒廃した京都に景気を取り戻したい一心で、民衆が考案「うだつ」を上げた。その後徳川時代の町人文化に受けつがれ各地に拡大され現存している。「うだつ」は富の象徴でなく、日本史に登場する民衆の自立自主の現れです。
 なるほど、二つ目の解説板のところからは、大きな「うだつ」と煙抜きがよく見えました。
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 余談ですが、私がこれまで訪れた中で「うだつ」の見事な街並みは脇町貞光美濃市です。
 武者の顔はめ看板を撮影してしばらく走ると、旅人の格好の目印とされた郡上太神宮の大きな石灯篭がありました。そこにあった石碑によると、開国論に火花を散らし暗殺された金沢藩家老の仇討が明治4年にこの近くであり、これが日本最後の仇討とされているそうです。ほんっとに旅に出るといろいろと勉強になります。なんの役に立つかはよくわかりませんが。
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 曳山祭りのポスターを撮影して、大通寺へと向かいましょう。大手門通りを走って左に曲がると、長浜城外堀の名残でしょうか、堀と街並みが情緒ある風景をつくっていました。浄土真宗大谷派別院の大通寺(長浜御坊)は以前に訪れたことがあるので、山門だけ撮影しました。
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 本日の三枚です。
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by sabasaba13 | 2018-01-26 06:51 | 近畿 | Comments(0)
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