京都観桜編(18):ホテルにて(15.3)

 それはさておき、アメリカで証拠となる文書が開示され、当事者も証言しているのに、いまだに密約の存在を否定する、つまり嘘をつき続ける外務省、そして日本政府とはいったい何様なのでしょう。欧米だったら、政治犯罪として責任を問われて罷免されるでしょうに。結局、こうした問題についてまともに追及と批判をしない大手メディア、そして選挙でこうした政府に免罪符を与えつづけている日本国民の責任だと思います。このニュース番組でも、わざわざ密約を「」に入れているところがメディアの立ち位置をよく物語っています。政府の立場を忖度しているのでしょう。やれやれ。
 また、この米日の密約に関して、矢部宏治氏が鋭い指摘をされているので紹介します。『本土の人間は知らないが、沖縄の人はみんな知っていること』(前泊博盛監修 書籍情報社)からの引用です。
 そして重要なのが、(※日米合同委員会で)議事録と合意文書は作成されるが、それらは原則として公表されないということ。少し大げさにいえば、日本のエリート官僚と米軍の高官たちが、必ず月2回会って、密約を結んでいるということです。
 この合意文書の法的な位置づけをチャートにすると、次のようになります。

 日本国憲法→日米安保条約→日米地位協定→日米合同委員会・合意文書(密約)

 つまり上位の取り決めに入れるとマズいものを、どんどん下位に送って密約にしているわけです。まず憲法で戦争および戦力の放棄をうたいながら、日米安保条約を結びます。この条約について吉田首相は、ずっと「交渉中」と偽り、国会ではほとんど議論しませんでした。そして調印する日どり(講和条約と同じ9月8日)は前日の夜11時まで、場所と正確な時間は当日の正午まで教えてもらえませんでした。安保条約そのものが、ほとんど密約だったわけです。
 次に日米地位協定の前身である日米行政協定は、旧安保条約が調印された2カ月以上あとになってから、ようやく内容についての交渉が開始されています。条約とちがって国会での承認を必要としないため、吉田首相はこの協定に「基地の原則的継続使用」や「米軍兵士や家族に対する治外法権」など、都合の悪い問題をすべて放りこんでいきました。さらにはその日米行政協定(現在の日米地位協定)にも書けないことを、日米合同委員会という密室の会議のなかで、だれからもチェックされることなく、どんどん決めてしまっているのです(ちなみにこの手法は現在、日本の官僚のお家芸となっており、多くの法律がわざとあいまいな言葉で書かれるようになっています)。(p.263)

 まとめると、「密約」というのは官僚の悪事や違法行為ではなく、国際法(=大国の圧力)との関係から生まれる外交上の技術にすぎない。問題は、外国軍が条約にもとづいて数万人規模で駐留し、最高裁がその問題について憲法判断を放棄しているという状況そのものにある。その結果として生じる、自国民の権利よりも外国軍の権利が優先するという植民地的状況を、なんとかアメリカに対等なふりをしてもらって見えなくしようとしたのが「密約」であり、文章をいじってごまかそうとしたのが「霞ヶ関文学」だということです。官僚のほうから言わせると、「大もとがおかしいんだから、しかたないだろう。やってられるか」といったところでしょう。(p.271)
 一言もありません。『遠い世界に』(作詞・作曲 西岡たかし)の一節を歌って、●を掘って入りましょう。♪これが日本だ 私の国だ♪
by sabasaba13 | 2018-02-22 06:27 | 京都 | Comments(0)
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