『無私の日本人』

 『無私の日本人』(磯田道史 文春文庫)読了。普通でしたら私の食指が絶対に動かない書名ですね、やれやれ最近猖獗を極める「日本人万歳」という本か。しかし読書に関しては信頼できる知人から薦められて、だまされたと思って読んでみました。

 面白い。

 これは意外でした。藤原正彦氏が解説で、簡にして要を得た紹介をされているので引用します。
 さて本書は、歴史に埋もれた三人の人物に焦点をあてている。一人は穀田十三郎という、伊達藩の貧しい宿場町の商人である。彼はさびれていくばかりの町をどうにか立て直そうと数人の商人を誘い、説き伏せ、破産はもちろん一家離散をも覚悟でどうにか千両を集め、それを財政難の伊達藩に貸した。それの生み出す毎年の利息をそのまま貧しい町人に配る、という奇手で町を救ったのである。そればかりか、自分の行なった行為を善行と思ったり口外したりすることを、家訓として子孫代々に禁じたのだ。
 もう一人は、日本一の儒者、日本一の詩文家とも言われた中根東里である。一切の栄誉を望まなかったため、引く手あまたにもかかわらず仕官しようとせず、一生を極貧に甘んじた人物である。この不世出の詩人が世に知られていないのは、彼が自らの詩文を片端からかまどの火にくべてしまったからだ。稀有絶無の詩才と後に呼ばれたのは、わずかに残された遺稿によるものである。村民の作ってくれた小さな茅葺きの庵に住み、そこで細々と塾を開き、村人に万巻の書から?んだ人間の道を平易に語り続けたのである。
 三人目は津藩藤堂家の高貴な血を引きながら、訳あって身分の低い武士の養女となったことから、数奇な運命をたどった江戸後期の絶世の美人、大田垣蓮月である。二度の結婚で四人の子を産んだが、二人の夫に病死され四人の子には夭逝された。剃髪して出家した彼女は歌人として名をなすと同時に、自作の焼き物に自詠の和歌を釘彫りする蓮月流を創始した。彼女も自らの歌集の出版を強引に差し止めるなど名誉を求めなかった。焼き物で手にした金は飢饉のさいに私財を投げ打って貧者を助け、人々の便利のため加茂川(ママ)に橋をかけるなど慈善事業に勤んだ。旧幕府軍追討の旗を上げた西郷隆盛には、「あだ味方勝つも負けるも哀れなり同じ御国の人と思えば」の歌を送り自重を促したという。西郷が江戸城総攻撃を思い止まったのは、勝海舟や山岡鉄舟のおかげというよりこの歌のおかげとも言われる。(p.372~3)
 そう、現在、世上を跋扈する「今だけ、金だけ、自分だけ」しか眼中にない方々とは、対極にある人を描いた伝記です。すべてを投げうって町を救おうとした穀田十三郎、栄誉を求めず村人に人間としての道を説いた中根東里、極貧のなか貧者を助けた大田垣蓮月。いずれも劇的な事件とは無縁の、名も無き市井の人ですが、そのdecentな振る舞いや言葉にはいたく感銘を受けました。大言壮語や自己主張をするわけではなく、小さな言動を積み上げながら、人としてやるべきことをやり、してはいけないことはしない。真っ当な生き方を貫いた三人の姿を平易に描き、さわやかな読後感を残してくれました。
 思うに、この後に日本をも巻き込んだ「近代」という時代は、こうした生き方を真っ向から否定したうえで成り立ったのですね。あけすけな言葉で言えば、「他人より自分が大事」「金儲けのためなら共同体や未来を犠牲にしてよい」「金銭が権力と幸福を与えてくれる」ということでしょうか。それと引き換えに、物質的な豊かさが手に入ったわけですが、失ったものも大きいということがよくわかりました。

 中でも心に残ったのが穀田十三郎たちの闘いです。さまざまな手練手管を駆使して民衆から富を収奪しようとする仙台藩と、それに抗い、町と子孫と未来を守ろうとする彼ら。こんな一文がありました。
 (お上が、ここまで、汚いことをするとは…)
 このとき、誰もが発したかった一言である。いや、汚いというより、
 -はしたない
 と、いったほうがよかろう。仙台藩は、なりふりかまわぬ守銭奴と化しているのである。(p.156)
 うむむ、"お上・仙台藩"を"日本政府"と書き換えれば、今でも通用します。権力というものは、今も昔も変わらないのですね。それに対して「はしたない」という言葉を投げつけられるのは、金銭や栄誉や権力や己自身のためではなく、共同体とその未来のために生きているという矜持があるからでしょう。

 近代という時代は、共同体による束縛を廃し、個人を激烈な生存競争の坩堝に投げ込み、その創意工夫を全開させることによって、人類史上類例のない経済発展と豊かな暮らしを実現させたものだと思います。その功罪は多々あるでしょうが、"罪"の側面が破滅的なレベルに達している今、こうした前近代を真摯に生き抜いた、名も無き人びとから学ぶべき点はたくさんあると思います。もちろん、歴史の歯車を変えて、近代以前の社会の戻ることは不可能ですが。
 例えば、金銭に対する執着を弱める。金銭に執着しなくても、ほどほどに生きている社会システムを構築する。大田垣蓮月の言葉です。
 「金は、うちに残らぬのがよろしい。入るだけ出るのがめでたい」 (p.335)
 なおこうしたdesentな生き方は、日本人だけ限ったものではなく、前近代の世界においては普遍的なものだったのではないでしょうか。「こんな素晴らしい生き方は日本独自のもの、日本人は偉い、よって私も偉い」という視野狭窄に陥らないためにも、タイトルは「無私の人びと」でよかったなと思います。
by sabasaba13 | 2018-05-01 06:23 | | Comments(0)
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