仁淀川編(3):高知(15.8)

 得も言われぬ意匠の門柱を撮影して百足屋社屋へ。円筒形につきでた階段室やファサードのピラスターが印象的な社屋で、竣工は1951(昭和26)年だそうです。ワイシャツの卸などを営まれている会社で、靴下も扱っているそうです。さすがは「むかで」屋。
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 そして「日本三大がっかり名所」のひとつ、はりまや橋を撮影。なお「がっかり名所」については、札幌時計台、首里城の守礼門長崎オランダ坂京都タワー、名古屋テレビ塔、大仙陵古墳などいろいろと取り沙汰されていますが、私見でははりまや橋がダントツの第一位ですね。第二位が仙台の青葉城、倉敷は再訪して評価が上がったのでランク外としましょう。以前に見かけた銘菓「かんざし」の顔はめ看板もご健在でした。「とさけんぴ」の顔はめ看板と、アンパンマンの石像もついでに撮影して、そろそろ昼食にしますか。
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 郷土料理「司」に入って、鯛そうめん、かつお丼、かつおのたたき、あおさのりの天ぷらを注文し、ふたりで分け合いました。
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 それでは自由民権記念館へと参りましょう。そうそう、ペダルをこいでいて気がついたのですが、地元資本の喫茶店をよく見かけました。喫茶店と古本屋と銭湯の多い町って大好きです。
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 そういえば、『路地裏の資本主義』(平川克美 角川SSC新書231)に、次の一文がありました。
 これらの理由以上に喫茶店減少に拍車をかけたのは、日本人のライフスタイルの変化だろうと思います。どういうことかと言うと、喫茶店の椅子に座ってボーッと半日を過ごすような人間が生きていくのが、難しい時代になったということです。当時の私が、今を生きていることを想像すると、アルバイトの収入では食べるのがやっとで、コーヒー代を払って無為の時間を過ごす余裕は、どこを探しても見つからないように思えます。
 あの頃は、何であんなに余裕があったのだろうかと不思議です。喫茶店主にしても、お客にしても、非効率のモデルのような場所が喫茶店だったのです。それでも、町のあちこちに喫茶店が存在し、やっていけたわけです。無為の時間を生み出す場所がやっていける時代だったのです。
 喫茶店での無為の時間とは、本を読んだり、書き物をしたり、議論を戦わせたりする時間であり、文化が育まれる場所でもありました。こういう文化自体が廃れ、人々は駅前で朝のコーヒーを飲んで仕事へ向かい、バリバリと稼ぎを増やすことに熱中し始めました。
 いやそうしたくてしているわけではなく、そうせざるを得ないから時間を刻んでいるのです。いつの間にか、日本は東アジアの発展途上の文化国家というよりは、経済発展が極点にまで達した経済大国になっていたということです。(p.71~2)
 やれやれ、経済成長などしなくてもよいから、"喫茶店の椅子に座ってボーッと半日を過ごすような"方々が増えてほしいものだし、自分もそうなりたいですね。そこから、さまざまな文化やアイディアが生まれるものだと思います。アベノミクスに騙されて尻の毛まで抜かれる前に、「失業なきゼロ成長」と「無為」について本気で考えてみたいものです。

 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2018-05-27 08:29 | 四国 | Comments(0)
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