佐藤久成頌

 「しんぶん赤旗日曜版」(2018.4.8)を読んでいたら、佐藤久成(ひさや)というヴァイオリニストについての紹介がありました。2016年に亡くなった音楽評論家・宇野功芳が絶賛したヴァイオリニストだそうです。彼の言です。
 机の上にうず高く積んであるCDの中の1枚が、「聴いてくれ、聴いてくれ」と話しかける。ぼくには弱い霊感があるようで、全然知らない演奏家のコンサートに、大切な仕事(合唱のリハーサル)を休んでも出かけ、凄い才能と出会うこともある。机の上から話しかけたのは佐藤久成というヴァイオリニストのCDだった。案の定、濃厚な節まわし、魂が吸い込まれるようなピアニッシモ、鬼神もたじろぐような激しいパッションに打たれた。しかし、彼はけたはずれの才能に見合う評価を受けておらず、聴衆の数も少ない。ぼくは命がけで久成君の応援をすることに決めた。…埋もれている才能を世に出す。それこそが批評家の仕事だろう!!!
 私も彼の音楽評論が好きで、よく読んでいました。良いものは良い、駄目なものは駄目、己の耳のみを信じ、素晴らしい演奏は絶賛し、悪い演奏は一刀両断に切り捨てる。その快刀乱麻の評論は、いま読み返しても新鮮です。例えば『新版・クラシックの名曲・名盤』(講談社現代新書)の中で、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第17番ニ短調「テンペスト」についてこう評されています。
 CDはハイドシェックが1989年に宇和島で弾いた奇蹟的なライブ録音一枚あれば他は要らない(オーバーシーズ TECC28036)。演奏については姉妹著『名演奏のクラシック』に詳述したのでくりかえさないが、《鬼気迫る凄演》とはこのことであろう。彼はここで人間業を超えている。だから僕自身も「ハイドシェック盤を聴いて、まだテンペストをプログラムに加えようとするピアニストがいたら、その人の顔を見たい」などという脱線を書いてしまったのである。(p.132~3)
 これを読んでハイドシェックのCDをすぐに購入して聴きましたが、宇野氏の評に違わぬ名演奏でした。その彼が命がけで応援したヴァイオリニスト、これはぜひ聴いてみたいものです。

 5月末日、佐藤久成が宇野功芳に捧げたコンサート「宇野功芳メモリアル」を聴きに、サントリーホールに行ってきました。コンサートの愉しみのひとつに、会場の近くで美味しい食事をとることがあります。インターネットで調べた結果、今回はアークヒルズにある海鮮丼の店「つじ半」で「ぜいたく丼」をいただくことにしました。早めに職場を出てお店で山ノ神と待ち合わせ、さっそく「ぜいたく丼」を注文。ご飯の上にうず高く盛られたまぐろの中落ち、いくら、カニなどの海鮮をくずしながら混ぜ合わせ、一気にかきこむと胃の腑は「美味い美味い」と大騒ぎ。最後に鯛の出汁でお茶漬けにして、別皿の鯛の刺身とともに食べられるのも格別でした。ここはサントリーホールで音楽会を聴くときのご用達になりそうですね。
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c0051620_181699.jpg そしてサントリーホールへ、佐藤久成(ヴァイオリン)、岡田将(ピアノ)によるソロ・コンサートの開幕です。演奏された曲目は、ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第5番「春」、シューマンのヴァイオリン・ソナタ第2番、ラフマニノフの「ジプシー・ダンス」、モーツァルトの「ロンド」、プロコフィエフの「マーチ」、ヴィエニアフスキの「華麗なるポロネーズ第1番」、ラヴェルの「ツィガーヌ」。アンコールはボームの「カヴァティーナ」、ゴセックの「ガヴォット」、リースの「常動曲」でした。あまり有名ではない作曲家や曲が多いのは、西洋音楽の分厚い伝統の中から彼が丹念に探した結果だそうです。
 ヴァイオリンの魅力を心ゆくまで堪能できた、素晴らしい演奏会でした。全身全霊を込めて音楽を歌いあげる佐藤久成氏、それを見事なテクニックで支える岡田将氏。その滾るような思いが外連味あるオーバーアクションとなって溢れだすのも良いですね。新聞のインタビューで「音楽はネガティブなものではいけない。悲しい曲であろうとも、ポジティブでないと。ヴァイオリン一本で、観客に元気と勇気、エネルギーを与えるのが、ぼくらの仕事なんです」と語っていましたが、はい、その全てを拝受いたしました。また聴きにきたいな。一層のご活躍と正当な評価を祈念しております。
by sabasaba13 | 2018-06-25 07:18 | 音楽 | Comments(0)
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