言葉の花綵180

 西洋が世界を勝ち取ったのはその思想、価値観や宗教の優越性によってではなく、組織化された暴力の応用の優越性によるものである。西洋人はその事実を忘れがちであるが、非西洋人は決して忘れることはない。(サミュエル・ハンティントン)

 私は自分の国が今のような国になってしまったことに嫌悪感を覚える。しかし私はそのまま放置していることも拒否する。(マイケル・ムーア)

 資本家たちに自分で戦わせ、自分たちの死体を積み重ねさせよ。そうすればやがて、地球上で二度と戦争が起こることはなくなるだろう。(ユージン・デブス)

 裁判官、数年前私は、自分は生きている者すべてと絆で結ばれていることに気づき、自分は地上で最も卑しい者に等しく卑しいものだと肝に銘じました。そのとき私は、こう述べました。下層階級が存在する限り、私はその一員だ。犯罪分子がいる限り、私はそのひとりだ。牢屋にいる人間がひとりでもいる限り、私は自由ではないと。そして今も同じことを断言します。(ユージン・デブス)

 歴史を通して、戦争というものは、征服と掠奪を目的に行なわれてきた。戦争とは、つまるところそういうものだ。常に支配階級が戦争を宣言し、実際の戦闘は常に被支配階級がおこなってきた。(ユージン・デブス)

 帝国にとっては過去もまたひとつの海外領土に過ぎず、いつでも組み立て直すことができるばかりか、場合によっては一から作り変えることもできる。(アルフレッド・マッコイ)

 帝国は歴史のなかに生きていながら、歴史に対して陰謀を企む運命にある。帝国の秘めたる思いはただひとつ。どうすれば終わらないか、どうすれば滅びないか、どうすれば自らの時代を長引かせられるか。昼は敵を追い求める。帝国は狡猾で非情であり、血に飢えた猟犬をいたるところに送り込む。夜は災禍の妄想にふける。都市を略奪し、住民を凌辱し、骨の山を築き、広大な土地を荒らし尽くす。狂気というだけでは片づけられない毒気に満ちた幻想だ。(J・M・クッツェー 『夷狄を待ちながら』)

 なろうことなら、ガラスをぶち破り、手を中まで伸ばしてやつをそのぎざぎざの破れ目から引きずり出し、やつの肉が尖ったガラスの先にひっかかってずたずたに切れるのも構わず、地べたに放り投げて外形もわからぬまでに蹴飛ばしてやりたいという衝動に駆られる。(J・M・クッツェー 『夷狄を待ちながら』)
by sabasaba13 | 2018-07-29 07:43 | 言葉の花綵 | Comments(0)
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