仁淀川編(36):池川(15.8)

 北浦橋を渡ると、清流・土居川を一望できます。そして川で遊ぶたくさんの人びとや子どもたちも。中でも「アカイセ」と呼ばれる遊泳場では、大きな岩で出来た天然の飛び込み台から、思い思いにダイブする子どもたちを見ることができます。郡上八幡でも見かけましたが、無邪気に真剣に川で遊ぶ子どもたちの姿を見るのはいいものです。「遊びをせんとや生れけむ 戯れせんとや生れけん 遊ぶ子供の声きけば 我が身さえこそ動がるれ」ですね。
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 そして清流まつりのイベント、「丸太川上りレース」が始まりました。三人一組になって、川に浮かべた丸太をロープで引っ張っていくというレースです。みなさん和気藹々とレースに興じられていました。別のところでは、丸太乗り競争が行なわれていました。花火の準備も着々と進んでいます。
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 川原には「天明逃散集合の地」という看板があったので転記します。
 天明2年(1782)から全国で大飢饉が始まり農民の暮しは困窮の度を増す中、更に池川の農民は藩命により紙の自由売買が禁止された上に年貢取立の重圧に苦しんだ。困惑した池川・用居の農民は松山藩(現久万高原町菅生山大宝寺)に逃散を決意。ここ"安の川原"に男子601人が集まり池川紙一揆を起こした。
 その顛末ですが、大宝寺住職・快豊の骨折りで逃散の罪は問われず、紙の自由販売も元通り許されたそうです。ああよかった。
 また種田山頭火の句碑「野宿 わが手わが足 われに あたたかく寝る」もありました。仁淀川町のサイトによると、1939(昭和14)年、晩年の種田山頭火は四国の歩き遍路に出てこの地を訪れ、思いがけない歓待を受けた喜びを日記に記し、この句をつくったそうです。「山のよろしさ 水のよろしさ 人のよろしさ」という句もいいですね、実感します。
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 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2018-09-16 08:46 | 四国 | Comments(0)
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