仁淀川編(45):高知県立文学館(15.8)

 山内一豊騎馬像の前を通り、高知県立文学館に着きました。
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中江兆民、植木枝盛、幸徳秋水、田中英光、タカクラテル、安岡章太郎、清岡卓行、宮尾登美子、倉橋由美子など、高知県ゆかりの作家、文学者と作品を紹介する文学館です。お目当ては何と言っても、寺田寅彦記念室です。彼のプロフィール、作品、業績などが丁寧に紹介されており、しかも見学している方は数人、静寂な空気の中、寅彦ワールドを堪能することができました。愛用の帽子や、彼が弾いていたチェロなども展示されています。なお『バイオリンを弾く物理学者』(末延芳晴 平凡社)の中に、弦楽器に関する興味深い随筆『「手首」の問題』が収められています。
 バイオリンやセロをひいてよい音を出すのはなかなかむつかしいものである。同じ楽器を同じ弓でひくのに、下手と上手ではまるで別の楽器のような音が出る。下手な者は無理に弓の毛を弦に押しつけこすりつけてそうしてしいていやな音をしぼり出しているように見えるが、上手な玄人となると実にふわりと軽くあてがった弓を通じてあたかも楽器の中からやすやすと美しい音の流れをぬき出しているかのように見える。これはわれわれ素人の目には実際一種の魔術であるとしか思われない。

 玄人の談によると、強いフォルテを出すのでも必ずしも弓の圧力や速度だけではうまく出るものではないそうである。たとえばイザイの持っていたバイオリンはブリジが低くて弦が指板にすれすれになっていた、他人が少し強くひこうとすると弦が指板にぶつかって困ったが、イザイはこれでやすやすと驚くべき強大なよい音を出したそうである。

 この魔術のだいじの品玉は全くあの弓を導く右手の手首にあるらしい。手首の関節が完全に柔らかく自由な屈撓性を備えていて、きわめて微妙な外力の変化に対しても鋭敏にかつ規則正しく弾性的に反応するということが必要条件であるらしい。もちろんこれに関してはまだ充分に科学的な研究はできていないからあまり正確な事は言われないであろうが、しかし、いわゆるボーイングの秘密の最も主要な点がここにあるだけは疑いのないことのようである。

 物理学的に考えてみると、一度始まった弦の振動をその自然の進行のままに進行させ、そうしてそのエネルギーの逸散を補うに足るだけの供給を、弦と弓の毛との摩擦に打ち勝つ仕事によって注ぎ込んで行くのであるが、その際もし用弓に少しでも無理があると、せっかく規則正しく進行している振動を一時邪魔したり、また急に途中から別なよけいな振動を紛れ込ませたりしてそのために音がきたなくなってしまうのである。そういうことのないようにするためには弓がきわめて敏感に弦の振動状態に反応して、ちょうど弦の要求するエネルギーを必要にしてかつ有効な位相において供給しなければならない。

 この微妙な反応機巧は弦と弓とが一つの有機的な全系統を形成していて、そうして外部からわがままな無理押しの加わらない事が緊要である。
 このように楽器の部分としての手首、あるいはむしろ手首の屈曲を支配する筋肉は、少しも強直しない、全く弛緩した状態になっていて、しかもいかなる微細の力の変化に対しても弾性的に反応するのでなければならないのである。
 なるほど、チェリストの末席を汚す者としてたいへん参考になります。他にも「渦巻きの実験」「地滑りの実験」「割れ目と生命の実験」といったビデオもあり、食い入るように全部見てしまいました。中でも、三毛猫の模様を布にうつして切り取り、ひとつにすると球体になるという実験には、目から鱗が落ちました。細胞分裂が進んだ受精卵(胚)の割れ目が、毛の模様となるという仮説です。恐るべし、寺田寅彦。

 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2018-10-14 06:46 | 四国 | Comments(0)
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