『スパイネーション/自白』

c0051620_21254545.jpg 『共犯者たち』を見た後、同じ「ポレポレ東中野」で続けて『スパイネーション/自白』を見ることにしました。こちらも監督はチェ・スンホ氏、国家犯罪を暴くドキュメンタリー映画です。公式サイトから、あらすじを引用しましょう。
 2013年、脱北者でソウル市の公務員だったユ・ウソンさんが"北朝鮮のスパイ"として拘束された。しかし、国家情報院が提示した明白な証拠は彼の妹の「自白」証言だけ…。疑念を抱いたチェ・スンホ監督は、「ニュース打破」取材班とともに動き出す。取材を進めていくと、国家情報院の協力者が証拠書類の捏造を暴露する遺書を残して自殺を図った。さらに被害者は脱北者だけではなかったことが判明する。韓国、中国、日本、タイをめぐる粘り強い追跡取材の末、映画は40年間途切れることなく続いてきた国家権力の中枢によるスパイ捏造の深い闇へと切り込んでいく。
 『共犯者たち』が、言論弾圧と闘うジャーナリストたちを描いたドキュメンタリー映画ならば、本作はジャーナリストたちの活動を記録したドキュメンタリー映画です。権力側の提供する陳腐な情報をそのまま垂れ流すのではなく、権力にとって都合の悪い事実を徹底的に調べて発信する「調査報道」のことがよくわかりました。当然、権力側は知られたくないので、取材や調査を妨害します。しかしチェ・スンホ監督と「ニュース打破」取材班は屈せず、体を張って「不都合な真実」を暴こうとします。ある時は発進しようとする車の前に立ちはだかり、ある時は相手が逃げ込もうとするエレベーターにカメラごと一緒に乗り込む、その果敢な行動からは「記者が黙れば国が壊れる」という熱い思いがびしびしと伝わってきました。
 また取材された権力側の人間の醜さも、しっかりと映像に記録されています。おろおろと言い逃れる、逃げ隠れる、顔を隠す、忘れたふりをする… 中でも、事件を捏造した当時の捜査官に、監督が突撃取材するシーンには目が釘付けになりました。傘で顔を隠しながら足早に立ち去ろうとする彼に対してチームの一人がその傘を跳ね上げると、一瞬捜査官の顔がカメラにとらえられます。人を小ばかにしたような、下卑た薄笑いに総毛立ちました。権力の醜さと卑劣さを体現したようなこの表情、どこかで見たことがあるなあ。そうそう、どこかの首相とそっくりだ。

 購入したプログラムにチェ・スンホ監督へのインタビューが掲載されていましたが、その中で調査報道を行ない、それを映画とした理由をこう語られています。
 当たり前のように嘘をつきまくり、捏造が明らかになっても責任を取らない組織を放っておいたら、いつか捏造された情報で国全体を滅ぼすことが起こるかもしれません。そうなる前に徹底的に立て直すべきです。我々と我々の子どもたちの安全のために、国家情報院が国民を脅迫したり、国民に嘘をついたりできないようにすること、それが最低限の改革の目標に掲げられるべきだと思います。
 "当たり前のように嘘をつきまくり、捏造が明らかになっても責任を取らない組織"か、どこかにあったなあ。そうそう、某国の政権与党にそっくりだ。
 もう一つ感銘を受けたのが、この映画が不特定多数の市民から資金を集めてつくられた、つまりクラウドファンディングによる映画だということです。80日間で目標額の二倍にあたる計4億3427万6千ウォン(約4300万円)が集まったそうです。おそらく出資した市民の名前をすべて紹介しているのでしょう、5分以上も延々と写される長い長いエンドロールがとても心に残りました。この映画で一番重要なメッセージは、このエンド・ロールかもしれません。そして最後に出てくる言葉が…
 われわれが韓国を変えられる
 ジャーナリズムと市民が連帯して、国家権力と闘う。韓国社会の力強さと健全さを痛烈に感じました。
 ひるがえって、わが日本でではどうでしょう。同プログラムの中で、岡本有佳氏がこう述べています。
 朴槿恵前大統領の罷免まで2016年10月29日から134日間、のべ1600万人の市民が参加した〈ろうそく革命〉の間、日本のマスメディアでは、〈ろうそく革命〉について本格的な報道がないばかりか、「民主主義国家としてはまだ発展途上ともいえる」(池上彰氏、「池上彰のニュースそうだったのか!!」 テレビ朝日系2016年12月3日放映)など、ジャーナリストによる上から目線の批評が目についた。
 本当にそうか? 民主主義の基本である報道の自由について、たとえば、国境なき医師団の「報道の自由度ランキング」では、朴槿恵政権時代の韓国は2016年に70位まで落ちたが、〈ろうそく革命〉、メディアにおける闘いなどを経て、2018年には43位まで急上昇している。いっぽう第2次安倍政権の日本は韓国よりずっと低い70位前後に留まっている。
 民主主義の基本である報道の自由を守るために、重要なのは「視聴者のメディアへの信頼」であり、「常に意識を覚醒させ注意深く持続的に守る努力」だと韓国の言論人たちは語る。この闘いで特筆すべき点は、ジャーナリストたちの企業を越えた連帯と、ジャーナリストと市民運動の連帯の強さであり、日本では大いに欠けている部分である。しかしその前に、なぜ〈ろうそく革命〉や韓国メディアの闘いを日本のマスメディアは本格的に報道してこなかったのか、それが問題だ。
 民主主義への道いまだ半ばであることを自覚し、ジャーナリストと市民が連帯して、強靭な国家権力と闘う韓国社会。主権がない属国であることに無知・無関心で、国家権力に従順なことを成熟した民主主義であると勘違いしている日本社会。その甚大な懸隔には眩暈すら覚えます。くらっ 私たちが奈落の底にいるのに気づいていない、それを自覚することから始めましょう。この二つの韓国映画が、炬火で照らしてくれるでしょう。われわれが日本を変えられる。
by sabasaba13 | 2018-12-26 06:14 | 映画 | Comments(0)
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