函館・札幌編(25):函館(15.9)

 そして函館支庁を睥睨するように屹立しているのが、華美・過剰な意匠・装飾で周囲を圧する旧函館区公会堂です。
c0051620_21385893.jpg

 解説文を転記します。
 明治40年(1907年)8月の大火は函館区の約半数、12,000戸余りを焼失した。
 この大火で区民の集会所であった町会所も失ったため「公会堂建設協議会」が組織され、建設資金として区民の浄財を募ったが、大火後のため思うように集まらなかった。
 当時、函館の豪商といわれた相馬哲平氏は自分の店舗などの多くを焼失したにもかかわらず5万円の大金を寄付したため、これをもとに明治43年(1910年)現在の公会堂が完成した。
 この建物は北海道の代表的な明治洋風建築で左右対称形になっており、2階にはベランダを配しているほか屋根窓を置き、玄関、左右入口のポーチの円柱に柱頭飾りがあるなど特徴的な様式を表わしている。
 昭和49年5月、国の重要文化財に指定され、昭和57年約3年を費やして修復された。
 そう、さきほど触れた豪商・相馬哲平の寄付によって建てられたのですね。彼といい、旧青年会館(現函館市公民館)建設のために寄付をした石館友作といい、函館にはノブレス・オブリージュ(noblesse oblige)の精神にあふれた富裕者が多々いたのですね。「金だけ、今だけ、自分だけ」しか考えない昨今の富裕者とはえらい違いです。
 痛快なエピソードをひとつ。武骨な官庁舎を見下ろす華麗な公会堂の対比が印象的なのですが、じつは函館は在野の精神が横溢するところ。1907年の大火事の後、まず政府が支庁舎を再建しますが、相馬哲平をリーダーとする有力市民たちは寄付をもちより、支庁を見下ろす高い所に派手で立派な公会堂を建設したのですね。その意気やよし。これまた官僚に媚び諂う昨今の富裕者とは雲泥の差。
c0051620_21395928.jpg

 そして公会堂の二階から見渡す素晴らしい眺望をぜひ山ノ神に見せてあげたいので、中に入りました。二階のテラスに出ると、ブンダバー、函館の街並みと港、函館湾を手に取るように一望できます。これは必見です。
c0051620_21401558.jpg

c0051620_21403037.jpg

by sabasaba13 | 2019-01-17 06:23 | 北海道 | Comments(0)
<< 函館・札幌編(26):函館(1... 函館・札幌編(24):函館(1... >>