実は、わが敬愛する山ノ神、大学生の時から十年ほど裏千家茶道のお稽古に勤しんでいました。その後、とんとご無沙汰しておりますが、旅先で茶室や露地を見たり、抹茶や茶わんを買ったりと、その情熱は埋れ火のように熱があるようです。その彼女から、茶道をテーマにした映画が上映されているので見にいかないかと誘われました。タイトルは『日日是好日』、"ひび"かと思ったら"にちにち"と読むのですね。原作は、エッセイスト森下典子が約25年にわたり通った茶道教室での日々をつづり人気を集めたエッセイ『日日是好日 「お茶」が教えてくれた15のしあわせ』(新潮文庫)、監督は大森立嗣、そして主演は黒木華、共演は樹木希林と多部未華子。これは面白そう、師走好日に池袋の「シネ・リーブル」で見てきました。なお"日日是好日"とは禅語のひとつで、『碧巌録』第六則に収められている公案だそうです。
まずは公式サイトからあらすじを転記します。 大学時代に、一生をかけられるような何かを見つけたい。でも、学生生活は瞬く間に過ぎていき-。典子(黒木華)は二十歳。真面目な性格で理屈っぽい。おっちょこちょいとも言われる。そんな自分に嫌気がさす典子は、母(郡山冬果)からの突然の勧めと、「一緒にやろうよ!」とまっすぐな目で詰め寄る同い年の従姉妹、美智子(田部未華子)からの誘いで"お茶"を習うことになった。まったく乗り気ではない典子だったが、「タダモノじゃない」という武田先生(樹木希林)の噂にどこか惹かれたのかもしれない。何と静謐で優しくて心暖まる映画でしょう、見て良かった。茶の湯の奥深さを教えていただいたことを感謝します。 ある意味、この映画の主人公は、茶室という空間とそこに流れる時間だと思います。落ち着いた雰囲気の茶室と、清々しい露地。想像をかきたてながら客をもてなす茶道具や掛け軸や和菓子。若く初々しい典子と美智子が初めて武田先生のお宅を訪れた時には「薫風自南来」、雨の日は「聴雨」、暑い日には長く下に伸びる縦棒が印象的な「瀧」、典子が就職試験を受ける時には「達磨画」がかけられていました。和菓子では、厳しい冬を耐えて雪解けの大地から萌え出る緑を表わした「下萌(しぐれ)」が心に残りました。 また茶室という空間が、しなやかに生き生きと自然と交換している様子も上手く描かれています。障子を通して差し込む柔らかな光、耳に聞こえる雨の音・風の音、肌身で感じる冬の寒さに夏の暑さ。和紙を貼り開け放てる障子と薄い木の壁という貧相な構造が、細胞膜のように自然をとりこめる機能を果しているのですね。 そして移りゆく季節に合わせた茶道具・掛け軸・茶花・和菓子の数々。季節ごとに形式の定まった茶会。でも武田先生は、初釜の時にこうおっしゃっていました。 私、最近思うんですよ。こうして毎年、同じことができることが幸せなんだって。うーむ、深いですね。そういえば千利休がこう言っていましたっけ。 茶の湯とはただ湯をわかし茶を点てて飲むばかりなる事と知るべしまた岡倉天心は『茶の本』(岩波文庫)の中で、こう言っていました。 まあ、茶でも一口すすろうではないか。明るい午後の日は竹林にはえ、泉水はうれしげな音をたて、松籟はわが茶釜に聞こえている。はかないことを夢に見て、美しい取りとめのないことをあれやこれやと考えようではないか。(p.30)自然を感じながら客人と茶を愉しむ。その些事に無上の喜びを見出す。そこは競争も成長も欲望もない静謐な世界。タイトルの「日日是好日」とは、こういう世界のことなのですね。 さまざまな悩み・悲しみを持つ典子が、武田先生を通して茶の湯と出会い成長していく姿がとてもよく描かれていました。いや、成長ではないな。上手く言えませんが、人を苦しめる無駄なものが削ぎ落されていく過程を描いた映画だと感じました。見事な演技でそれを表現した黒木華と樹木希林に乾杯。 「今だけ、金だけ、自分だけ」という迷妄にふりまわされ、生き地獄を現出させてしまったわれわれ現代人必見の映画です。お薦め。 なお先述の『茶の本』は、含蓄ある言葉に満ちた滋味深い本です。いくつか紹介しましょう。トランプ大統領の*を舐めるために2019年度からの五年間で約27兆4700億円の軍事費を支出せんとしているどこかの首相に、桐箱に入れて水引をかけて進呈します。 おのれに存する偉大なるものの小を感ずることのできない人は、他人に存する小なるものの偉大を見のがしがちである。一般の西洋人は、茶の湯を見て、東洋の珍奇、稚気をなしている千百の奇癖のまたの例に過ぎないと思って、袖の下で笑っているであろう。西洋人は、日本が平和な文芸にふけっていた間は、野蛮国と見なしていたものである。しかるに満州の戦場に大々的殺戮を行ない始めてから文明国と呼んでいる。近ごろ武士道-わが兵士に喜び勇んで身を捨てさせる死の術-について盛んに論評されてきた。しかし茶道にはほとんど注意がひかれていない。この道はわが生の術を多く説いているものであるが、もしわれわれが文明国たるためには、血なまぐさい戦争の名誉によらなければならないとするならば、むしろいつまでも野蛮国に甘んじよう。われわれはわが芸術および理想に対して、しかるべき尊敬が払われる時期が来るのを喜んで待とう。(p.23)
by sabasaba13
| 2019-01-27 06:14
| 映画
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自己紹介
東京在住。旅行と本と音楽とテニスと古い学校と灯台と近代化遺産と棚田と鯖と猫と火の見櫓と巨木を愛す。俳号は邪想庵。
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