函館・札幌編(40):新千歳空港(15.9)

 そして日本国憲法を殺したこの「統治行為論」を生みだしたのが、1959(昭和34)年12月16日に、最高裁が出したひとつの判決でした。さらにこの判決は、米軍の事実上の治外法権を認め、さまざまな人権侵害をもたらす「法的根拠」をつくりだしてしまいました。さらに驚くべきことに、この裁判は、実は最初から最後まで、アメリカ政府の意を受けた駐日アメリカ大使のシナリオどおりに進行していたのです。日本では憲法が機能していない、その陰にはアメリカの暗躍があった、この恥ずべき歴史的事実がなぜ知られていないのでしょう。
 とても重要なことですので、長文ですが、『検証・法治国家崩壊 砂川裁判と日米密約交渉』 (吉田敏浩+新原昭治、末浪靖司 創元社)から引用します。
 …始まりは1959年3月30日、「砂川事件」に関して東京地裁で言いわたされた、「米軍の日本駐留は憲法第九条に違反している」という一審判決でした。この判決に強い不満を持ったアメリカ政府が、当時のマッカーサー駐日アメリカ大使を通じて、それを早急にくつがえすため、ひそかに日本政府と最高裁の中枢にまで政治的工作と内政干渉の手をのばしたのです。
 マッカーサー大使は、当時の自民党・岸信介政権の藤山愛一郎外相ら外務省高官、田中耕太郎最高裁長官と秘密裏に連絡をとりあい、密談を重ね、最高裁で「米軍の日本駐留は違憲ではない」という逆転判決を得るためにさまざまな工作をおこないました。
 そして、なんと田中最高裁長官はマッカーサー大使に、最高裁での裁判日程や判決内容の見通しなどを報告しながら裁判を進めていたということが、前述のアメリカ政府解禁秘密文書によって立証されることになったのです。「憲法の番人」と呼ばれ、公明正大であるべき最高裁の名を、実は長官自らが汚していたのです。
 その後、1959年12月16日に、田中長官が裁判長をつとめる最高裁大法廷では、アメリカ政府の望みどおりの逆転判決が言いわたされることになりました。
 ここで強調しておきたいのは、田中耕太郎・第二代最高裁長官がその職にあったのは、まだ占領中の1950年から、安保改定があった1960年までということ。つまり彼は日本の独立回復後、最初の最高裁長官だったのです。その田中長官がアメリカからの内政干渉を受け、その意向に沿って行動していたわけですから、日本の最高裁は憲法の定める司法権の独立が侵された大きな歴史の汚点を背負っているのです。
 本書をお読みになったみなさんが、この事実を知って驚き、同時に強い怒りをお感じになることを心から望んでいます。この問題を放置しつづけるかぎり、日本がまともな法治国家になることも、人びとの基本的人権が十全に保障されることもありえないからです。普通の国なら、おそらく問題の全容が解明されるまで、内閣がいくつつぶれてもおかしくないような話なのです。
 最高裁への他国(アメリカ)政府の介入という問題に加えて、この判決はもうひとつ、きわめて重要な影響を戦後の日本におよぼすことになりました。それは米軍基地の存在を違憲ではないとするためのロジックとして、「〔安保条約のような〕わが国の存立の基盤にきわめて重大な関係をもつ高度な政治性を有する問題については、憲法判断をしない」という「統治行為論」が使われたことです。その結果、政治家や官僚たちが「わが国の存立の基盤にきわめて重大な関係をもつ」と考える問題について、いくら市民の側が訴えても、最高裁は憲法判断をしなくてもよくなった。政府の違法な権力行使に対し、人びとの人権をまもるべき日本の憲法が、十分に機能できなくなってしまったのです。まさに「法治国家崩壊」というべき状況が生まれてしまったのです。
 近年、日本政府による憲法違反の事例は、米軍基地問題だけにとどまりません。日本経済をアメリカと日本の多国籍企業のために改造しようとする密室のTPP交渉、米軍と自衛隊の合同軍事行動のための秘密保護法制定、アメリカと共に戦争のできる国にするための集団的自衛権の行使に向けた解釈改憲など。その背後にはいずれもアメリカの利益と、それに呼応して自らの地位を維持しようとする歴代政権および官僚たちの思惑が見え隠れしています。
 そこには日米両政府の一種の「共犯関係」が成立しているといっていいでしょう。アメリカ政府が日本の外務大臣や最高裁長官などとひそかに接触し、望み通りの判決を出させた1959年の最高裁での「砂川裁判」は、そのような構図のいわば原型といえるのです。
 そして、自民党・安倍政権はなんとこの「砂川裁判」最高裁判決を、集団的自衛権行使の正当化のために持ち出しています。しかし、同判決は集団的自衛権を認めているわけではなく、全くのこじつけです。しかも、この判決はアメリカ側の干渉による黒い霧におおわれているのです。(p.2~4)
 アメリカに尻尾を振って司法への容喙を赦し、「統治行為論」によって憲法を殺し、日米地位協定によって主権を奪われても、蛙の面に小便、平気の平左。♪これが日本だ、わたしの国だ♪ その底無しの深淵を覗き込むと足がすくんでしまいます。どこまで堕ちてゆくのだろう。

 そして新千歳空港に到着、小腹がへったので「北海道ラーメン道場」内にあった「けやき」に入って、札幌味噌ラーメンをいただきました。お土産として、ロイズとモンシェールのコラボレーション、「堂島プリンスロール」を購入。
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 10:30発のANA056便に搭乗し、空路羽田を目指します。東京が近くなると、雲に隠れて頭だけが出ている富士山が見えました。まるでこの国の低劣さに、恥じ入っているようです。そういえば、この先には横田ラプコンがあるのでしたっけ。首都上空の管制権を米軍に握られ、首都の近くに米軍基地が置かれている国、♪これが日本だ、わたしの国だ♪
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 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2019-02-22 06:23 | 北海道 | Comments(0)
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