姫路・大阪・京都編(4):姫路城(15.12)

 それでは大天守に入りましょう。石垣のところにあたる地階から、天守内部を拝見しながら階段を上って最上階の6階まで見学ができます。それにしても大変な数の見物客で、中は押すな押すなの大混雑。落ち着いて拝見できる雰囲気ではないですね。
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 武者走りは内陣の外側をとりまく廊下で、戦闘時には武士が行き交い、敵兵に射撃をあびせました。城兵がひそんで応戦するためのスペースが武者隠し、敵兵に向かって石を投げ落すための石打棚、火縄銃の煙出しと明かりとりのための高窓などもありました。
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 最上階からの眺望は素晴らしい、もう気分は殿様です。なおここには小さな神社がありましたが、姫路城の守護神である刑部神社で、1879(明治12)年に祀られたそうです。
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 そして階段を下りて外へ。備前門の石垣には直方体の大きな石が使われていますが、これは古墳の石棺を転用したそうです。後学のために解説板を転記します。
 備前門の入口脇にはきれいに加工された直方体の石が縦に積まれています。これは、古墳に埋葬されていた石棺の身で、築城の際に石垣に転用されたものです。そのほかの石垣にも組合式石棺の側石や底石なども転用されています。こうした古墳の石棺が積石として多く転用されているのが、姫路城の石垣の特徴です。築城によって、姫路近辺にあった古墳がいくつも破壊されたことが想像できます。
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 太鼓櫓を通り過ぎると、お菊井戸がありました。そうか、怪談「播州皿屋敷」の舞台はここだったのですね。ここの解説文も転記しておきます。
 この井戸は、播州皿屋敷の怪談で知られる「お菊井戸」といわれています。
 永正年間(1500年頃)、姫路城主小寺則職(のりもと)の執権青山鉄山は町坪弾四郎と語らい、城を奪おうと企てていました。則職の忠臣衣笠元信は、お菊を青山家に女中として住み込ませ、その企てを探らせました。則職暗殺を探知したお菊が元信に知らせたため、則職は家島(姫路市)に逃げて殺されずにすみましたが、城は鉄山に乗っ取られました。お菊の動きを知った弾四郎はお菊を助ける代わりに結婚を強要しました。元信を慕うお菊はそれを拒みました。弾四郎はそんなお菊を憎み、青山家の家宝10枚揃いの皿の一枚を隠し、その罪をお菊にかぶせて責めあげました。それでも弾四郎を拒むお菊は、ついに切り殺されて井戸に投げ込まれました。
 その後、毎夜この井戸から「1枚、2枚、3枚、…9枚」と9枚目まで何度も数えるお菊の声が聞こえたといいます。やがて元信らが鉄山一味を滅ぼし、お菊は「於菊大明神」として、十二所神社内に祀られました。

 本日の三枚です。
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by sabasaba13 | 2019-04-22 08:47 | 近畿 | Comments(0)
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