『主戦場』

『主戦場』_c0051620_22112976.jpg 『主戦場』という映画が面白そうです。山ノ神は野暮用があるため、一人で渋谷の「シアター・イメージフォーラム」へ見に行ってきました。まずは公式サイトから、紹介文を転記します。
 あなたが「ネトウヨ」でもない限り、彼らをひどく憤らせた日系アメリカ人YouTuberのミキ・デザキを、おそらくご存知ないだろう。ネトウヨからの度重なる脅迫にも臆せず、彼らの主張にむしろ好奇心を掻き立てられたデザキは、日本人の多くが「もう蒸し返して欲しくない」と感じている慰安婦問題の渦中に自ら飛び込んでいった。
 慰安婦たちは「性奴隷」だったのか? 「強制連行」は本当にあったのか? なぜ元慰安婦たちの証言はブレるのか? そして、日本政府の謝罪と法的責任とは……?
 次々と浮上する疑問を胸にデザキは、櫻井よしこ(ジャーナリスト)、ケント・ギルバート(弁護士/タレント)、渡辺美奈(「女たちの戦争と平和資料館」事務局長)、吉見義明(歴史学者)など、日・米・韓のこの論争の中心人物たちを訪ね回った。さらに、おびただしい量のニュース映像と記事の検証と分析を織り込み、イデオロギー的にも対立する主張の数々を小気味よく反証させ合いながら、精緻かつスタイリッシュに一本のドキュメンタリーに凝縮していく。そうして完成したのが、映画監督ミキ・デザキのこの驚くべきデビュー作、『主戦場』だ。
 映画はこれまで信じられてきたいくつかの「物語」にメスを入れ、いまだ燻り続ける論争の裏に隠された“あるカラクリ”を明らかにしていくのだが??それは、本作が必見である理由のごくごく一部に過ぎない。
 さて、主戦場へようこそ。
 おじゃまします。まずはこの映画をつくった監督の意図を、プログラムから引用します。
 私は制作過程で、この問題に関して影響力のある多くの人物に話を聞きました。おそらくこの方たちは、同じ場所に座って議論をすることはないだろうと思います。なにせ、率直に言って、彼らはお互いをひどく嫌い合っていますから。ある意味、論争の場は私の頭の中にあったと言えるでしょう。否定論者と慰安婦を擁護する側の双方が、自分たちの視点が正しいと私を説得しようとしていましたから。映画を観てもらうことで、皆さんの頭の中も「戦場」になるでしょう。しかしそれと同時に、映画を観た後に皆さんがさらに混乱してしまうという事態も避けたかったので、できる限りこの複雑な問題を紐解いていこうと、細心の注意を払いました。そうすることで、映画を観た人が最後には、この問題に関しての情報と知識を得ることができたと感じてもらえるように心がけました。
 そう、主戦場とは、この映画をみている観客の頭の中なのですね。そこで戦ってくれた皆さんを紹介します。
トニー・マラーノ(a.k.a テキサス親父)、藤木俊一(テキサス親父のマネージャー)、山本優美子(なでしこアクション)、杉田水脈(衆議院議員/自由民主党)、藤岡信勝(新しい歴史教科書をつくる会)、ケント・ギルバート(カリフォルニア州の弁護士/日本のテレビタレント)、櫻井よしこ(ジャーナリスト)、吉見義明(歴史学者)、戸塚悦朗(弁護士)、ユン・ミヒャン(韓国挺身隊問題対策協議会)、イン・ミョンオク(ナヌムの家の看護師/元慰安婦の娘)、パク・ユハ(日本文学者)、フランク・クィンテロ(元グレンデール市長)、林博史(歴史学者)、渡辺美奈(アクティブ・ミュージアム女たちの戦争と平和資料館)、エリック・マー(元サンフランシスコ市議)、中野晃一(政治学者)、イ・ナヨン(社会学者)、フィリス・キム(カリフォルニア州コリアン米国人会議)、キム・チャンロク(法学者)、阿部浩己(国際法学者)、俵義文(子どもと教科書全国ネット21)、植村隆(元朝日新聞記者)、中原道子(「戦争と女性への暴力」リサーチ・アクション・センター)、小林節(憲法学者)、松本栄好(元日本軍兵士)、加瀬英明(日本会議)
 いやはや、見事な構成の映画でした。大きく言って、慰安婦は性奴隷であったことを肯定する論者と、否定する論者に分けられると思います。慰安婦の実態や総数、強制連行の有無、歴史教育などさまざまな論点について、両者へのインタビューをかみ合わせながら、豊富な映像と事実の検証をおりまぜて論争をくっきりと浮かび上がらせるその手腕には脱帽です。例えば…
ケント・ギルバート-彼女たちは性奴隷ではなく売春婦でした。自由だったんですよ。まあ…すべてのケースで完全に自由だったわけではありませんが…奴隷ではありませんでした。実際、多額の金を稼いでいました。

藤木俊一-奴隷がね、銀行通帳に、もしくは郵便局の通帳にね、家が5軒分も買えるくらい貯蓄があったわけですよ。奴隷って貯蓄できるんですか?

(監督ナレーション) 歴史修正主義者が引き合いに出すのは元慰安婦のムン・オクチュ氏の銀行口座の明細書だ。一見、確かに多額の貯金があるようにみえる。

吉見義明-ムン・オクチュさんの回想を読んでみますと、業者はまったくお金をくれなかった、あるいはほとんどくれなかったと言っています。で、そのお金は軍人、特に将校からチップとしてもらったというふうに言っています。将校たちがチップとしてなぜ一見高額と思われるお金を渡すかというと、ビルマはものすごいインフレなので、たとえば500円とか1000円持っていてもほとんど何も買えない。持っていてもしょうがないのでチップとして渡すということがあったわけですね。

櫻井よしこ-ただ、新聞広告などが今も残っていますね。慰安婦募集、そこのところに多くの女性が詰めかけたということも事実ですので、私は今言われている女性たちの問題の本質は性奴隷ではなかったと思います。

林博史-この資料というのは、朝鮮総督府の基本的機関紙にあたる新聞ですけれども、つまり慰安婦にされるような女性たちは、まず読んでいないわけです。これは基本的に業者向けなんです。ですから、業者向けに出しているので果たしてこの通りに、実際にそれだけの給料を払うかわからないですが、まずはここから言えるのは、年齢はたとえば17歳以上とか18歳以上というふうになっていますね。つまり未成年者なんですよ。ですからもうひとつの、未成年者は慰安婦にしなかったというのは嘘だということがはっきりわかりますよね。
 さて、私の軍配です。上記のやりとりからも分かるように、肯定論者側の理路の方がしっかりとしており、論拠も実証的なものに思えます。対して否定論者側の説明はやや雑ですね。よって私は、慰安婦は性奴隷であったと判断します。
 もう一つの決定的な理由は、映像から感じた両者の印象の違いです。笑みを浮かべながら饒舌に語る否定論者と、慎重に言葉を選びながら真摯な表情で語る肯定論者。人間の本性まで暴いてしまう、映像というのものは恐ろしいものだとつくづく思いました。もしかすると監督の狙いもそこにあるのかもしれません。中でも?然としたのは、否定論者であり、「日本会議」と深く関わる加瀬英明氏が、ニコニコと屈託なく笑いながら、肯定論者の著書・論文を読んだことがないと答えた場面です。否定論者たちの底の浅さを思い知らせてくれた見事なインタビューでした。

 というわけで慰安婦論争に関する知識や情報を得、日本やアジアのより良き未来を構想するうえで必見の映画です。最近読んだ『国民国家と戦争 挫折の日本近代史』(加藤聖文 角川選書593)にこういう一文がありました
。 歴史とは国民としての「誇り」を抱かせるためにあるのではない。そんなことは国民国家の基礎が不安定などこかの国がやればよいことであって、成熟した国民国家がやるべきことではない。失敗したことを直視し、同じ失敗をしないためにどうするべきかを学び、そしてどのような国家を自分たちが創っていくべきかを考えるためにある。(p.211)
 うーむ、もしかすると日本は不安定で未熟な国民国家なのかもしれません。その国民をまとめあげるためには“日本人であることの誇り”という接着剤が必要であり、それを傷つけるような歴史は直視したくないというのが否定論者諸氏の思いなのかな。たとえ同じ失敗を繰り返すことになっても。
 それにしても、ここまで否定論の粗雑さを描いて、ミキ・デザキの身に危険が及ばないのかと心配になります。映画作家・想田和弘氏が、こう記されていましたが、同感です。
 必見の映画だが、内容については書きたくない。なるべく先入観を持たずに、真っさらな目で観てほしいからだ。同時に、この勇気ある監督の身の安全を本気で心配してしまう。それほど問題の核心に切り込み、火中の栗を拾っている。それほど日本は危ない国になっている。
 なお本作で一番衝撃的だったのは、韓国に留学している女子大学生が、インタビューに対して「慰安婦? 知らない」と意味もなく笑うシーンです。心胆が寒くなりました。何が可笑しい?

 余談その一。慰安婦のモニュメントである「少女像」のことが、映画の中で触れられていました。テキサス州グレンデール市の少女像建設をめぐって、日系アメリカ人の右派が像の撤去を求めて裁判を起こし、それを日本会議や安倍政権が全面的に支援したそうです。ちなみに裁判は否定派の敗訴が確定。けれども、作者であるキム・ウンソン氏とキム・ソギョン氏ご夫妻がどんな思いを込めてこの像を制作したのか、知らない人も多いのではないでしょうか。よろしければ拙ブログをご覧ください。

 余談その二。否定論者の一人として本作に登場した杉田水脈衆議院議員について、松尾貴史氏が語った『違和感のススメ』(毎日新聞出版)を最近読みました。性的少数者(LGBTなど)の方たちについて、「生産性がないので税金で支援するのはおかしい」と語った方ですが、他にもいろいろな問題発言をされているのですね。
 保育施設が不足している問題については、「待機児童なんて一人もいない。待機しているのは預けたい親でしょ」などと語っている。(p.79)

 また、杉田議員は性暴力の被害を訴えている女性ジャーナリストについて、「女として落ち度がある」と言っている。(p.79)

 また、財務省の事務次官による女性記者へのセクハラについては、その騒ぎを「現代の魔女狩り」と評し、「男女平等は絶対に実現し得ない、反道徳の妄想」という、前近代的で野蛮な妄言も吐いている。(p.80)

 有権者は牢記して、選挙の時に必ず考慮すべきことだろう。こんな人物を国会議員として許容している国民だと、諸外国から思われてしまうことに強い羞恥心を覚える。一刻も早く議員を辞職して、願わくば人権に影響する職業には就かない欲しい。彼女こそ議員として「非生産」であり、国民の金で養うべきではない。(p.80)
 なお前述の少女像裁判について、「少女像のために日系人の子どもたちがいじめられている」と発言していましたが、まったく根拠のないものであることが映画で指摘されています。
 やれやれ、こういう人物を、中国ブロックで比例単独で1位に据える自民党の見識を疑います。と同時に、その政党に政権を与えている有権者や棄権された方々の見識も。
by sabasaba13 | 2019-05-24 06:22 | 映画 | Comments(0)
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