姫路・大阪・京都編(16):錦市場(15.12)

 そして阪急長岡天神駅に戻ってもらい、タクシーとはここでお別れです。いろいろとご教示、ありがとうございました。せっかくなので嵐山まで行くことにしました。駅構内には、阪急電鉄労働組合の「人と環境に優しい公共交通」というポスターが貼ってありました。「労働組合」という言葉を見かけなくなりましたが、雇用状況の劣化を防ぐために大きな役割を果たすのが労働組合です。阪急電鉄労働組合のみなさん、共に頑張りましょう。と、ここで今現在の組織率が気になりました。インターネットで調べたところ、「朝日新聞デジタル」(18.12.19)に以下の記事がありました。
 雇用者に占める労働組合員の割合(組織率)は、今年6月末時点で17・0%だった。前年を0・1ポイント下回り、7年連続で過去最低を更新した。厚生労働省が19日、発表した。雇用情勢の改善が続く中で組合員数は約8万8千人増えて約1007万人になったが、これを上回って雇用者数が伸びたため組織率は下がった。
 うーむ、組織率17・0%か…迂闊にもここまで下がっているとは思いもしませんでした。経営者側の攻勢、御用組合化した状況への失望、若者の組合離れ、いろいろな理由が考えられますが、どうすればいいのでしょうか。このままでは、日本がブラック国家と化してしまいます。
 阪急嵐山駅に着いたのは午後五時ごろ。さすがにもう日没で、紅葉もよく見えません。でも桂川の水面に映る灯はきれいでした。
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そして山ノ神の要望により、錦市場に寄りました。嵐山駅からふたたび阪急に乗って桂駅で乗り換え、烏丸駅で下車。錦市場に行くと、「祝 錦市場 400年」という垂れ幕がかかり、伊藤若冲の絵がそこかしこを飾っています。そう、伊藤若冲は1716(正徳6)年、ここ錦小路にあった青物問屋「枡屋」の長男として生を受けたのですね。わが敬愛する画家の一人です。
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 「伊藤若冲生家跡」という看板に「若冲と錦市場」という興味深い一文があったので、後学のために転記しておきます。
 伊藤若冲が京都錦の青物問屋の生まれという事実はひろく知られている。若冲が描く絵画のなかには蕪、大根、レンコン、茄子、カボチャなどが描かれ、菜蟲譜という巻物には、野菜だけではなく柘榴や蜜柑、桃といった果実までが描かれている。
 極め付けは、野菜涅槃図で、釈迦の入滅の様子を描いた涅槃図になぞらえて、中央に大根が横たわり、その周囲には、大根の死を嘆くさまざまな野菜や果実たちが描かれている。このようなユニークな作品は、若冲が青物問屋を生家とすることに由来するといわれる。若冲は、次弟に家督を譲って、錦で絵画三昧の生活を送っていたとされていた。
 しかし、近年、あらたな史料が発見されたことにおり、錦市場における若冲のイメージが一変した。その史料とは、「京都錦小路青物市場記録」というもので、明和8年(1771)から安永3年(1774)までの錦市場の動向を伝える史料である。これによると、若冲は、錦市場の営業許可をめぐって、じつに細やかに、かつ、積極的に調整活動をおこなっている。その結果、錦市場は窮状を脱することになるのだが、若冲のこのような実務的な側面は、これまでまったく知られていなかった。
 若冲は、文字通り青物問屋の主人として錦市場に生きていたのである。
 そしてわれらが敬愛する「田中鶏卵」で卵焼きを購入して、地下鉄でJR京都駅へと向かいます。

 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2019-07-10 06:22 | 京都 | Comments(0)
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