日韓請求権協定

 元徴用工韓国最高裁判決に端を発して、日韓関係が非常に険悪となっています。最高の安全保障は近隣諸国との友好関係だというのに、日本政府が先頭に立って高圧的な発言や政策をくりひろげているのですから呆れます。たいへん気になるのは、メディの報道も含めてその論調が「約束を破った韓国が100%悪い、日本に非はない」という粗雑なものであることです。約束とは何なのか、韓国がその約束を破ったことは事実なのか、破ったとしたら正当な理由はあるのか/ないのか、等々について事実と理路に基づいてきちんと私たちに説明するのが政府・メディアの当然の責務であるべきです。しかしそれを果たそうとせず、子供の喧嘩のように「お前が悪い、僕は悪くない」と繰り返すだけ。やれやれ。
 その約束である日韓請求権協定と、そのもとになった日韓基本条約について、きちんと調べて理解する必要があると考えます。私もいろいろと本を読んで調べたのですが、ポイントは、被害者個人の賠償請求権の有無のようです。これについてはやはり専門家の意見を聞くべきだと思います。『週刊金曜日』(№1209 18.11.16)に掲載された川上詩朗弁護士の意見を、長文ですが引用します。
-韓国の大法院(最高裁)は10月30日、元徴用工4人が新日鐵住金を相手に損害賠償を求めていた裁判で、元徴用工に一人当たり1億ウォン(約1000万円)を支払うよう命じた判決を確定させました。だが安倍晋三首相は、元徴用工の個人賠償請求権は、日韓請求権協定により「完全かつ最終的に解決」しているとし、韓国に「毅然として対応して」いくと述べています。

 これは、明らかに国民世論をミスリードする発言です。あたかもすべての請求権が消滅したかのような言い方ですが、2007年の最高裁の西松建設中国人強制連行訴訟の判決(西松判決)を意図的に無視しています。そこでは、日本と中国との間の賠償関係等について、外国にいる自国民が損害を受けた際に本国がその国に対し外交手続きで救済を要求する「外交保護権」は放棄したものの、被害者個人が賠償を請求する権利は、「実体的に消滅させることまでを意味するものではない」との判断を示しました。西松判決は、裁判所での救済はできないが、個人の損害賠償請求権は消滅していないことから、裁判外で日本企業が賠償金を支払い解決するのは法的には可能だということを示しました。実は、日本政府の見解も西松判決の論理とほぼ同じであり、韓国のケースにも当てはまるものです。

-そうなると、「完全かつ最終的に解決」したのだから賠償金を支払うことはできないというのが首相の発言だとすれば、これまでの政府見解とは整合しません。裁判で救済を求める権能は別にして個人の損害賠償請求権が消滅していないという点については、韓国の大法院と日本の最高裁は、ある意味で判断が共通していますね。

 そうです。韓国の大法院は今回、植民地支配等に直結するような反人道的行為によって生じた損害賠償請求事件は日韓請求権協定の対象外だとの判断を示しました。その結果、被害者個人の賠償請求権のみならず、韓国政府の「外交保護権」も消滅していないと判示しています。その点が日本と違うのですが、個人の損害賠償請求権は実体的に消滅していないという点は共通しています。ですから、日本の最高裁の解釈に照らしても、新日鐵住金が元徴用工に賠償金を支払うのは何の問題もありません。日韓請求権協定は、法的な障害にはなりません。

-しかし多くのマスコミは、安倍首相に歩調を合わせるかのように「完全かつ最終的に解決」という語を繰り返し強調することで、あたかも原告の徴用工が権利もないのに問題を蒸し返していますが。

 元徴用工の裁判を報じるのなら、せめて西松建設強制連行訴訟の事例ぐらいは取り上げるべきですが、それもあまり紹介されていません。多角的な情報が提供されないと判断を誤ります。西松建設の場合、最高裁が附言により和解による解決の可能性を示しました。その結果、西松建設は強制連行の事実を認めて謝罪し、2億5000万円を拠出して基金を設立し、記念碑の建立、被害補償等を行ないました。新日鐵住金にとって、一つの実践例となるはずです。

-西松と同じことをやっても、何の問題もないはずですが。

 何の問題もありません。むしろ、西松建設と違って新日鐵住金の場合は、慰謝料支払いの判決が確定しました。したがって、まずはこれを速やかに支払うべきです。支払わなければ遅延損害金が膨らみ、会社にも損害が出ることになります。ところが現状では、支払うと非難されかねないような雰囲気です。確定判決に従うというのが法治国家として当然のことですが、この法の常識が通用し難い雰囲気がある。民間の争いに日本政府が過剰に反応し、メディアがそれに追随しているような雰囲気があります。韓国の判決に対して日本政府が韓国政府に「何とかしろ」と求めても、三権分立の下、韓国政府は司法の判断を尊重するしかなく、ましてや、判決を覆させることなど不可能です。

-本当に異常です。三菱マテリアル(旧三菱鉱業)も16年、太平洋戦争期に日本に強制連行された元中国人労働者に謝罪し、元労働者本人あるいはその遺族に一人当たり10万元(約170万円)の賠償金を支払うことを承諾しました。なぜ韓国に同じことができないのでしょう。

 韓国は植民地だったが、中国は占領地だったからという言い分ですが、そのことは扱いを異にする理由にはなりませんね。どちらも日本が加害行為を加えたという点では共通しており、被害者を救済すべき点では違いはないからです。私は今回の判決は、新日鐵住金にとって原告4人のみならず、新日鐵住金の下での被害者全員に誠意を示し、新日鐵住金の国際的信用を高めるための良いチャンスだと思います。新日鐵住金が真の解決に向けて踏み出すよう後押しをしたい気持ちです。

-日本は日韓国交回復時に無償3億ドル、有償2億ドルを支払ったのだから、韓国政府の責任でそこから元徴用工に支払うべきだ、というような論調もありますが。

 その計5億ドルはどういう性質のものでしょうか。1965年の日韓国交正常化交渉で韓国は日本に対し、植民地支配における日本の責任を認めた上で、それに対する賠償という形で一定の金額を支払うべきだと提案しました。しかし日本側は責任を認めようとせず、それとは関係のない「経済発展のための資金」という位置づけで、政治決着で5億ドルを支払ったのです。今回の裁判で主張された植民地支配等と直結した日本企業の反人道的な不法行為に対する慰謝料請求と5億ドルとはまったく問題が別なのです。

-日本側が、「なぜ5億ドルから払わないのか」などと韓国に言える筋合いではないですね。

 徴用工問題も含めてすべてのことが日韓請求権協定で「完全かつ最終的に解決」したのか否かを改めて検証する必要があります。日韓国交正常化交渉では、日本は自らの植民地支配責任を認めていません。植民地支配責任に関わる問題は積み残されてきました。元徴用工のみならず日本軍「慰安婦」問題などを含めて、日韓請求権協定により何が解決し、何が解決していないのかを整理する必要があるのではないでしょうか。

-植民地支配の責任を認めず、被害者に向かい合おうとしないのなら、実に恥ずかしい。日本が問われていることは多いはず。

 あたかも韓国側に非があるかのような一連のマスコミ報道に最も抜け落ちているのは、元徴用工の問題の本質とは人権問題なのだという視点にほかなりません。彼らは賃金も支払われず、過酷で危険な労働を強いられ、ろくな食事も与えられずに外出も許されなかった。逃亡を企てたら体罰が加えられる奴隷状態であり、日本本土で重大な人権侵害を被ったのです。国民の知る権利に応えるためにも、そうした原告の被害実態がきちんと報道されるべきでしょう。

-そうした報道に、最近接した記憶はありません。

 今回の裁判は、人権侵害を受けた被害者が救済を求めて提訴したのが出発点です。そこが完全に無視されています。高齢の被害者がまだ生存しているうちに、早急に被害者らの救済が果たされなければなりません。国家と国家の争いのみに焦点をあてるのではなく、如何にして被害者救済を図るかという課題が早急に検討されるべきです。問題の広がりを防ぐためにも、今回の判決を機に、新日鐵住金のみならず韓国で被告とされている他の日本企業も含めて、自発的に被害者全体の人権救済の取り組みを開始し、経済界としても、そのような取り組みを支援すべきでしょうね。(p.14~5)
 いかがでしょう。この意見を叩き台にして、「それはこういう理由で違う」「これは論理的に正しい」というような生産的な議論ができないものでしょうか。そして日韓両政府も同様の議論を交わし、平和裏にこの問題を解決してほしいものです。E.H.ノーマンもこう言っていました。
 説得はただ理性と人間性にかなった方法であるだけではありません。それは、今日では自己防衛の唯一の方法でもあります。ですから、われわれはみな、国や身分を問わず、きびしい二者択一の前に立たされています。説得せよ、さもなくば破壊あるのみ(Persuade, or perish.)。
 そのためにも、明治政府と朝鮮との関係、韓国併合以降の植民地化の実態、敗戦から現在に至るまでの日韓関係について、せめて基本的なことだけでも知ることが肝要だと考えます。理由はわかりませんが、もしそれすら拒否するような方がいたら… 『週刊金曜日』(№1192 18.7.13)に掲載されていた斎藤貴男氏の意見に真実味が出てきます。
 新自由主義経済の時代ですから、個々はバラバラにされ、貧困層が蓄積して「経済的徴兵制」さえ実現しつつあるようです。当然、拠り所がなくなって各自のアイデンティティも喪失しますが、そこで国家にすがりついたり、「日の丸・君が代」や天皇、靖国神社に執着することに癒やしを求めようとする人も現れる。
 しかし、本当の大日本帝国などできるはずもない。だから、不満のはけ口として大日本帝国時代に下に見ていた中国や韓国を支配者みたいな顔をして蔑視したり、威張り散らす。「嫌中・嫌韓」という言葉に象徴される歪んだ心理は、安倍首相と共通しています。(p.24)

by sabasaba13 | 2019-08-14 07:54 | 鶏肋 | Comments(0)
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