前橋汀子のバッハ無伴奏

c0051620_21175411.jpg J・S・バッハが大好きです。「平均律クラヴィーア曲集」「ヴァイオリンのための無伴奏ソナタとパルティータ」「無伴奏チェロ組曲」「音楽の捧げ物」などなど、バッハの曲をかけると部屋の雰囲気が一変し、心の琴線が調律されていくような心地よさを感じます。名著『西洋音楽史』(中公新書1816)の中で、バッハの本当の凄さは作曲家でないと理解できないと岡田暁生氏は言われています。それでも、へたくそではありますが無伴奏チェロ組曲を弾いている時の心地よさは、私のような門外漢でも実感できます。
 なかでも「ヴァイオリンのための無伴奏ソナタとパルティータ」は実演でぜひ聴いてみたいものだと常々思っておりましたが、なかなかその機会がありませんでした。しかし念ずれば花開く、前橋汀子氏による全曲演奏会があるという情報を入手。ただイタリア旅行から帰国した日の翌日、しかも場所は横浜のみなとみらい大ホール。ジェット・ラグで寝てしまいそうだなあ。逡巡しましたが、せっかくの機会なので、山ノ神を誘って聴きに行くことにしました。

 調べてみると、練馬から有楽町線-副都心線-東横線を経由して直通の列車がありました。約50分でみなとみらい駅に到着、ここから歩いて数分でホールに着きました。これは便利。まずはパンフレットから、「ヴァイオリンのための無伴奏ソナタとパルティータ」についての解説を転記します。
 1717年、それまでヴァイマル公国の楽師長を勤めていたバッハはケーテンに移り、アンハルト=ケーテン侯国の宮廷楽長に就任、レオポルト候に仕えた。レオポルトは1710年から長期にわたった欧州旅行に出かけた際、オランダのデン・ハーグでは4か月弱の滞在中に12ものオペラを鑑賞し、ローマでは当時イタリア留学中であったドイツ人の音楽家ヨハン・ダーフィト・ハイニヒェンを雇い観光の案内をさせ、旅行から帰ったかと思えば早速宮廷楽団を設立する等、大変な音楽愛好家として知られており、その主君に仕えた「ケーテン時代」のバッハは、主に教会カンタータといった宗教曲を作曲した「ライプツィヒ時代」とは違い、ブランデンブルク協奏曲、平均律クラヴィーア曲集第1巻、管弦楽組曲といった純器楽による傑作を次々と生み出した。無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータもこの頃に作曲されており、重音奏法を限界まで駆使することによりヴァイオリン1本にも関わらずバッハらしい対位法が実現され、音楽的にも技巧的にも極めて高度な作品集として今日まで知られている。
 3曲のソナタはすべて緩-急-緩-急の4楽章形式をとっており、第2楽章はどれも長大なフーガを置いているのが最大の特徴である。パルティータは主にフランスの舞曲を中心に作曲されているが、もちろん踊るための音楽ではなく、完全な純音楽として確立している。
 このケーテン時代はバッハにとっても、彼の家族にとっても幸せで充実した時期だったようです。『バッハの思い出』(山下肇訳 潮文庫)の中で、アンナ・マグダレーナ・バッハがこう語っています。
 それからやがて夕日を浴びながら家路につき、疲れた子供たちを寝かしつけてしまうと、もうわたくし自身もへとへとになって、安らかな気持でセバスティアンの傍らに腰をおろし、彼と手を組み合わせ、頭を彼の肩にのせて休むのでした。これこそ、神さまがケーテンの私たちに贈って下さったこのうえない幸福の日々なのでございました。(p.91)
 そして前橋汀子氏が舞台に登場、艶やかなその姿には思わず見惚れてしまいました。なおプログラムですが、前半はソナタ第1番、パルティータ第1番、ソナタ第3番。二十分間の休憩をはさんで後半はソナタ第2番、パルティータ第3番、パルティータ第2番という構成です。
 ソナタ第1番の厳かなアダージョが鳴り響くと、もうバッハと前橋氏の織り成す小宇宙に引き込まれてしまいました。分厚い低音、華やかな高音、主題を浮かび上がらせる技巧と解釈、劇的なダイナミクスの変化、素晴らしい。私事ですが、今、チェロのレッスンで重音の練習に取り組んでいます。これが実に難しい。二本の弦をかすれずにしっかりと弾きながら、主旋律を際立たせなければなりません。弓の角度と力の入れ具合を完璧に決めないと音楽にならないのですが、至難の技です。この重音を駆使してフーガをいとも自然に流れるように弾くのですから、プロの凄みを思い知りました。前半の演奏で圧巻だったのは、ソナタ第3番第2楽章のフーガです。解説には、4声部にわたるフーガで、ヴァイオリンによる多声音楽の究極とありましたが、ただただその壮大さに圧倒されました。
 ここで休憩。ときどき横を見て山ノ神が寝ていたら起こしてあげようと身構えていたのですが、食い入るように演奏に没入していました。もちろん私も同様でした。後半に入っても緊張感は途切れず、見事な演奏が続きます。そして私の大好きなパルティータ第2番、終曲のシャコンヌが始まると、「ああもうすぐ終わってしまうのか、やだな」という思いに包まれます。
 Brava! 一階最後列だったので後ろをはばかることなく二人でスタンディング・オベーションをしました。ああ、聴きに来てほんとうによかった。なお12月21日(土)にトッパンホールで、同じプログラムの演奏会が開かれます。もう一回聴きに行こうかな。

 せっかく横浜まで来たのですから、中華街で夕食をとりましょう。東横線で「元町・中華街」まで行き、中華街にあった「一楽」という中華料理店で飲茶セットをいただきました。前菜、春巻き、麻婆豆腐、肉まん、エビ餃子、焼売、ごはんのセットで1500円。いろいろな料理を少しずつ食べられてよろしゅうございました。素晴らしい音楽の話に花を咲かせて、美味しい料理に舌鼓を打つ。至福のひと時ですね。
by sabasaba13 | 2019-08-29 06:50 | 音楽 | Comments(0)
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