車よ、止まれ

 8月10日の「朝日新聞DIGITAL」に、『横断歩道、止まらない車 「五輪対策」で警察が摘発強化』という興味深い記事がありました。東京オリンピック・パラリンピックを1年後に控え、信号機のない横断歩道で一時停止しない車の取り締まりを警察が強化しているという内容です。運転免許を持っていないので知らなかったのですが、道路交通法では車やバイクの運転者に対し、横断歩道を渡ろうとしている歩行者がいたら一時停止し、道を譲るよう定めているのですね。これを怠った場合、反則金(6千円~1万2千円)など行政処分が科せられるとのことです。
 ヨーロッパに行って気持ちの良いことの一つは、横断歩道を渡ろうとすると、車が必ず即時に止まってくれることです。これにはほぼ例外はありません。それに引き換えわが日本では、自動車が傍若無人に走り、横断歩道で待っていても止まってくれる車はほぼ皆無です。それを警察が取り締まる気配も(これまでは)微塵もありません。なぜドライバーは車を止めないのか。警察はなぜそれを取り締まらないのか。そもそもなぜ日本の行政や社会は、こんなに自動車を優遇するのでしょうか。
 それと関連して、最近読み終えた『高度成長 日本を変えた6000日』(吉川洋 中公文庫)に下記の一文がありました。
 東京では、1958年「騒音防止条例」の強化によって車のクラクションを制限することになったが、その際「交通騒音の元凶」として虎ノ門-新橋一丁目間など都電四路線の廃止が決まった。都電そのものがうるさいというわけではない。ノロノロ走る電車が車のクラクション騒音を引き起こすというわけである。昔ながらの速度で走っていた都電にしてみればとんだとばっちりだったに違いない。しかし時速13キロで走る都電の乗客数は、1955年(昭和30)をピークに漸減していた。オリンピックを前に、建設省の「都電は邪魔だ。早くはずせ」という方針を受けて都電は急速に姿を消していくことになる。(p.57~8)
 高度経済成長期より、国を挙げて自動車を優遇してきたことがよくわかります。こうしてみると、ローカル線やバス路線など公共輸送機関の廃止も、自動車を利用せざるを得なくさせるための政策だったのかもしれません。その目的は、おそらく自動車産業の発展、ひいては日本の経済成長を促すことにあったのでしょう。そして経済発展のためには、多少の犠牲もやむを得ないという考えが官僚・政治家や企業にあったのだと思います。いや、犠牲が出ることは重々承知、それを前提として経済発展を最優先させるということでしょう。前掲書に、歴史学者の色川大吉氏が、水俣病裁判の終結によせて書いた一文が紹介されていました。
 水俣病は日本が高度成長をなしとげ、国民が豊かになった代償として起こったものではない。順序は逆である。このような惨たんたる犠牲を平然と見過ごし、利益追求を優先させた社会の体質があったから高度成長ができたのである。(『朝日新聞』 1996.7.3 夕刊) (p.209)
 そして「弱者・少数者を犠牲にして経済を発展させる」という政策や社会のあり方は、明治維新以降今に至るまで、近現代日本を支える根幹であったことも看過できません。『近代日本一五〇年 -科学技術総力戦体制の破綻』(岩波新書1695)の中で、山本義隆氏はこう述べられています。
 歴史書には「慢性的な輸入超過により巨額の貿易赤字を抱えているなかで、輸出総額の5%を占める産銅業は重要な外貨獲得産業であり、日本最大の産出量を誇る足尾銅山に対して操業停止措置はとられなかった」とある。
 1905(M38)年1月23日、農商務省鉱山局長・田中隆三は衆議院鉱業法案委員会で「鉱業と云ふものは、其国家の一つの公益事業と認めている、随って其事業の結果として、他の人が多少の迷惑を受けるということは仕方がない」と明言している。そして1907年、鉱毒沈殿と渡良瀬川の洪水調節のためという触れ込みで計画された遊水池の予定地となった谷中村は、村民の反対にもかかわらず滅亡させられた。官民挙げての「国益」追及のためには、少数者の犠牲はやむをえないというこの論理は、その後、今日にいたるまで、水俣で、三里塚で、沖縄で、そして日本各地で、幾度もくり返され、弱者の犠牲を生み出してきたのである。(p.87~8)
 自動車交通がスムーズにいくために、待つことを余儀なくされる歩行者も、小さな犠牲者だと思います。それが改善されるのなら喜ばしいことですが、それが外国人旅行客のためというのには無性に腹が立ちますね。日本人の安全などどうでもいいわけか。日本政府のお里が知れますね。自動車によって発生する社会的費用を企業や運転者に負担させて歩行者を守り、近隣諸国との友好関係を保ち、自然災害に対して十全な対策を立て、最低賃金を増額して非正規雇用を減らすなど労働条件を向上させ、福祉政策に力を入れて社会的弱者を守り、原子力発電所を即時全廃する、それが私たちにとって真の「安全保障」ではないでしょうか。しかし安倍政権はそうした「安全保障」については一顧だにせず、「安全保障」のためと称して、F-35ステルス戦闘機(一機、約130億円)やオスプレイ(一機、約100億円)をアメリカから爆買いすることに血道をあげています。ま、多くの有権者がこの御仁を支持し、多くの有権者が棄権しているわけですから、自業自得ですね。

 そんな話を山ノ神としていたら、彼女曰く「オリンピックが終わったら、どうせまた横断歩道で止まらなくなるわよ」。鋭い。

 追記です。先日イタリア旅行をしてきましたが、やはり横断歩道に立つと例外なくどの車も止まってくれました。アマルフィの写真です。
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by sabasaba13 | 2019-08-31 06:23 | 鶏肋 | Comments(0)
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