福井・富山編(3):山中温泉へ(16.3)

 朝、目覚めてカーテンを開けると、空一面の曇天でした。やはり天気は良くないようですが、雨が降らないだけで諒としましょう。本日の予定は、山中温泉、福井市内、武生、鯖江の徘徊です。身支度を整えて福井駅へと行くと、昨晩は暗くて見えなかったのですが、駅の壁面に何匹もの恐竜が描かれています。そして駅構内には「平成30年 大河ドラマ誘致 主人公に由利公正を!」という幟が立っていました。そう、福井県は幕末の雄藩・越前藩だったのですね。由利公正は幕末・明治期の政治家で横井小楠に師事し、藩の財政立て直しを含む、藩政の改革に貢献しました。明治新政府の成立後は太政官札を発行するなど、財政基盤の整備や、「五箇条の御誓文」の原案となった「議事之体大意」を作成しました。有能な実務家だったとは思いますが、大河ドラマの主人公としては地味かな。なお結果からいえば、2018(平成30)年の大河ドラマは、周知のように「西郷どん」でした。
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 2019年は、オリンピック招致の歴史を描いた「いだてん」が放映されています。やれやれ、福島原発事故を忘れさせようとする自民党政権の思惑を忖度したのか、直接に命令されたのかは不明ですが、果てしなく胡散臭いものを感じます。そろそろ「2020東京オリンピックに反対する者は非国民」という雰囲気が漂いはじめているようですし。
 余談ですが、『週刊金曜日』№1181(18.4.20)で、オリンピックのさまざまな問題点を指摘する特集が組まれていたので、一部を紹介します。
『「復興五輪」が福島に落とす影 被災者の声と尊厳を奪う「国際イベント」』 藍原寛子

 「安倍政権や官邸は、日本国家として原発事故をどう抑えていくかという政策を取り続けてきた。その典型は被災者がモノを言えない復興加速化政策。東京オリンピックの20年は原発事故から10年目。常磐線に新駅を開業させ、Jヴィレッジを活用したオリンピックイベントで、復興完成の象徴として位置づけ、避難者が帰らざるをえない状況にして、「もう避難者も、避難地域もなくなった」とまるで事故がなかったかのように、世界に発信するためだ」と話すのは、佐藤和良・いわき市議だ。
いわば国策としての「原発事故のリセットボタン」であるオリンピック。(p.27)


『「個人個人が分散的な社会こそが大事。中央集権的な五輪と真逆です」 宇宙物理学者 池内了さんと考える-五輪の政治利用と自治の精神』 聞き手 中村富美子

【まず「東京オリンピックの政治利用」の要は何でしょう】
 原発事故の実態隠しです。安倍首相の「アンダーコントロール」というフェイク発言を繕うためにも、帰還政策を強引にやり、オリンピックをやり、世界に何事もなかったかのように見せたい、と。
それと、テロ対策。これまで日本は「平和産業」で敵を作らず、世界の国々と仲良くやって経済関係も上向く相乗効果で成功してきたのに、経済が落ち目になって軍事産業に頼ろうとし始めた。武器輸出禁止三原則を2014年に閣議決定で防衛装備移転三原則に変え、テロを呼び込もうとしている。自ら火をつけ煽ったあげくに軍事力で消すという、マッチポンプの戦略です。そして、「オリンピックでテロが起きたら困る」という名目で、国民が文句を言わず従うように追い込んでいく。
 東京都もオリンピックを格好の口実に「迷惑防止条例」を改定し、デモの実施もどんどん難しくなっている。「デモが存在しない社会こそ美しい」という論理ですよね。
【では、オリンピックの「思想的利用」とは?】
 日本人を一つに束ねることです。天皇の下、「日の丸」が象徴する国として。今年は明治150年、来年は天皇の代替わり、再来年がオリンピック。みんな結びつけて進められている。歴史に名を残したい安倍首相が仕組んだ、日本という国を変質させていく仕掛けですよね。立憲主義をなくし、欽定憲法にして上からの統治にする。自民党の憲法改正草案にある緊急事態条項なんて、まさに内閣が思いのままに国を統治できるものでしょ。
【ナチの全権委任法のように】
 非常によく似てます。特定秘密保護法ができ、安全保障関連法ができ、共謀罪もでき、安倍政権はもうほとんど我々が身動きとれないくらいに脇を固めてきている。準備万端で、あとは改憲。
【そこに祝祭的なオリンピックを打ち上げる】
 そう。ナチスのベルリンオリンピックみたいな空気。国民も無意識に慣らされて、その空気が当たり前になっていく。若い人が国の言うことにどんどん従う発想が強まっていて、体制従属の教育効果が浸透している感じがします。(p.28)

 僕は集権化と逆の論理で、「個人個人が分散的な社会」こそ大事だと思う。自分たちのことを自分たちで決める自治権は、分散的である必要がある。個人同士が結び合い、生活の現場から地域の自治そのものを見直す必要があると、僕は思ってます。
【まさにオリンピックは真逆】
 そう、皆の目を1カ所に集める中央集権的なやり方です。スポーツって、本来は全国に小さな団体があって、地方ごとにいろんな大会があるわけでしょ。そういうことをもっと実現できる社会条件を作るのが、あるべき「国のスポーツ政策」だと思うけども。現状は選ばれた人間に集中的にお金をかけ、それ以外の施設は貧しいまま。
 人びとが本当に個人として、あるいは地域の仲間として楽しむスポーツが自然に生まれる。そういう状況が僕には一番理想的。オリンピックに3兆円も使うなら、全国津々浦々に、立派な箱モノでなくていいから基本的なスポーツを楽しめるような環境をこそ、整備すべきだと思います。(p.29)

 大新聞がオリンピックに協賛しているからね。僕は、ジャーナリストのナオミ・クラインが言った「惨事便乗型資本主義」に加えて、祝賀に乗じる「祝賀便乗型資本主義」があると思ってるんです。災害復興と違い、祝賀はそもそも盛り上がるため、余分なお金を使わせるためのものだから、裏金も「余分」の一部。オリンピックに必須なもの、ということなんでしょう。(p.29)
 やれやれ、原発事故の隠蔽と忘却、治安体制の強化、体制従属という教育効果、そして関連費用で潤う企業、こうしたオリンピックの暗黒面をきちんと報道し、多くの方々に目を向けて欲しいものです。「決まったのだから仕方ない、協力しましょ」というのでは、太平洋戦争とまったく変わりません。いいかげんに歴史から真摯に学ぶべきだと思います。そうそう、先日のニュースで、多くの若者がボランティア募集に殺到している様子が取り上げられていました。『ブラックボランティア』(本間龍 角川新書)を読んでいただければ得心すると思いますが、体のいいタダ働き、学徒動員なのにね。ほんとうに扱いやすい国民です。D・フロスト&A・ジェイにこういうジョークがあります。
 英国人にとっての地獄は、ドイツ人が警官をし、スェーデン人が喜劇役者で、イタリア人が国防軍を組織、フランス人が道路工事をして、スペイン人が列車を走らせる。
 これに「日本人が政治家・官僚・有権者である」と付け加えたくなります。
by sabasaba13 | 2019-09-12 06:24 | 中部 | Comments(0)
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