福井・富山編(14):福井(16.3)

 福井地方裁判所は、中央に聳える塔と、これでもかこれでもかと連続する縦長の窓が印象的な建築です。おっ、「白川静生誕之地」という記念碑があるぞ。漢字の碩学・白川静はここ福井の出身だったのですね。氏の著作は『中国の神話』(中公文庫)しか読んだことがありませんが、その該博な知識には舌を巻きました。
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 なお碑文はこう刻まれていました。
 遊ぶものは神である。神のみが、遊ぶことができた。遊は絶対の自由と、ゆたかな創造の世界である。それは神の世界に外ならない。この神の世界にかかわるとき、人もともに遊ぶことができた。「文字逍遥」白川静
 氏の好きな漢字の一つが「遊」だそうです。そうそう、最近氏のこんな言葉を知りました。
 一歩ずつ運べば、山でも移せる。
 その近くにあった信号の脇にスコップが置いてあり、こう記されていました。
 みどりのスコップひとかき運動
 信号待ちの時間、歩道の除雪にご協力をお願いします。
 福井土木事務所
 へえー、福井ってけっこう雪が降るのですね。そういえば、信号機も雪が積もらないよう縦型でした。
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 足羽川の土手を走っていると、由利公正の銅像と「議事之体大意」の碑がありました。解説文を転記します。
 由利公正は、幕末・明治期の政治家です。
 文政12年(1829)、現在の福井市毛矢1丁目に福井藩士三岡義知の長男として生まれました初め石五郎、後に八郎、公正と改名しました。また、明治3年(1870)以後は、先祖の旧姓の由利を名乗りました。
 横井小楠に師事し、藩の財政立て直しを含む、藩政の改革に貢献しました。
 明治新政府の成立後は太政官札(新政府の発行した最初の紙幣)を発行するなど、財政基盤の整備や、「五箇条の御誓文」の原案となった「議事之体大意」を作成しました。
 その後、東京府知事となり、銀座通りの整備等を行いました。
 また、民撰議院設立建白書にも名を連ね、明治42年(1909)に、81歳で亡くなりました。

 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2019-09-26 06:13 | 中部 | Comments(0)
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