福井・富山編(45):中野重治記念文庫(16.3)

 そして厖大な蔵書をおさめた本棚を拝見。その読書量と関心の広範さには圧倒されました。おっ、『魯迅選集』が全巻揃っているぞ、彼は魯迅のファンだったのですね。
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 うっ 思わず息を呑みました。ある画集に、下記のような解説がありました。
魯迅編『ケーテ・コルヴィッツ版画選集』
限定103部の製本の第36番目。
重治の転向を残念がった魯迅が晩年、激励のために贈ったもの。
 魯迅と中野重治は知己だったのか… しかも失意の彼を慰めるためにわが愛するケーテ・コルヴィッツの版画集を贈っていたとは驚きました。それではケーテ・コルヴィッツとはどういう人物か、『ケーテ・コルヴィッツとの出会い』(佐喜眞美術館館長・佐喜眞道夫 「いい旅 いい仲間」№62 2017.1.1 富士国際旅行社)から引用します。
 ケーテ・コルヴィッツKathe Kollwitz(1867‐1945年)は東プロイセンに生まれ、二つの世界大戦の惨禍を経験したドイツを代表する版画家・彫刻家です。彼女は第一次世界大戦で息子を、第二次世界大戦で孫を失いました。私がコルヴィッツを知ったのは、学生時代に読んだ魯迅の文章でした。それから十数年後、「死んだ子を抱く母」(1903年)に銀座の画廊で出会いました。その絵の激しさに、最初は動物が子どもを喰っているのか、と思ったほどでした。あまりの悲しみで母親の顎は抱きしめている息子の胸に喰い込んでいるのです。これほど深い愛情表現を私は見たことがありませんでした。その後、なんとか工面してこの版画を手に入れ、画廊から自宅に持ち帰るときの心の高ぶりを今でも忘れることができません。この瞬間から私のコルヴィッツ・コレクションは始まり現在60点所蔵しています。
 彫刻作品「ピエタ」(1937/38年)は、ヒットラー政権下、次の世界大戦へと突き進む絶望的予感の中で制作されました。母親が戦死した息子をひざの間でひしと抱きしめ悲しみに沈んでいます。この像は、戦死した次男ペーターへの母としての二十年間に及ぶ長い悲しみと思索の果ての作品です。切なく悲しいその造形は、いま世界中で息子の戦死を哀しみ苦しんでいる母親の心とつながっています。コルヴィッツの作品は、いのちへの深い信頼に基づいているが故に、歴史の闇をも突き抜ける強さがあります。その強さは、現代のさまざまな問題をも照射し、暗黒の時代を生きた魯迅を励ましたように、いま私たちを励まし続けています。
 現在「ピエタ」像は、2mの大きさに拡大されてドイツの戦争犠牲者のための国立記念館ノイエヴァッフェに静かに展示されています。ドイツはこの芸術作品で戦没者を追悼しているのです。
 孫への手紙に「平和主義をたんなる反戦と考えてはなりません。それは一つの新しい理想、人類を同胞としてみる思想なのです。」と書いたコルヴィッツの思想をいまこそ、私たちはしっかりとかみしめなければならないと思います。

 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2019-10-30 06:19 | 中部 | Comments(0)
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