福井・富山編(47):中野重治記念文庫(16.3)

 魯迅が刊行したこの版画集については、宮本百合子による「ケーテ・コルヴィッツの画業」(青空文庫)という随筆があります。
 魯迅は一九三五年ごろに、中国の新しい文化の発展のために多大の貢献をした一つの仕事として、ケーテ・コルヴィッツの作品集を刊行した。その中国版のケーテの作品集には、ケーテの国際的な女友達の一人であるアグネス・スメドレイの序文がつけられた。スメドレイは進みゆく中国の真の友である。そしてアグネス・スメドレイの自伝風な小説「女一人大地を行く」の中に描かれているアメリカの庶民階級の娘としての少女時代、若い女性として独立してゆく苦闘の過去こそ、それの背景となった社会がアメリカであるとドイツであるとの違いにかかわらず、ケーテの描く勤労する女性の生活のまともな道と一つのものであることも肯ける。私たちにとってさらに今日感銘深いのは日本において、スメドレイの「女一人大地を行く」を初めて日本語に翻訳して、日本の婦人に一つのゆたかな力をおくりものとしてくれた人が、ほかならぬ尾崎秀実氏であったことである。
 魯迅、ケーテ・コルヴィッツ、中野重治、内山完造、アグネス・スメドレー、尾崎秀実、藤野厳九郎… 辱しめられ虐げられた人々のために悲しみ、叫びそして闘うための、国境や民族を超えた知の共同戦線を垣間見たような気がします。そしてこの共同戦線はまだまだ広がりそうです。例えば、『征きて還りし兵の記憶』(岩波現代文庫)の中で、高杉一郎はこう記しています。
 1936年の10月、おとなりの中国では、作家の魯迅が亡くなった。魯迅がみずから日本語で書いた原稿をもらったこともある改造社は、すぐに魯迅の個人的な教え子だった増田渉を編集責任者とする魯迅全集の出版を計画した。これは、日本の出版社による中国文学への連帯、日中不戦の意志の表明だったと言ってよかった。
 しかし、あくる1937年の7月7日には、日本の中国にたいする侵略戦争がはじまった。(p.187~8)

by sabasaba13 | 2019-11-01 06:22 | 中部 | Comments(0)
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