さてここから町の中心まで歩くと二十分強かかるそうです。時間節約のために、駅前にあったタクシー会社に寄ると、予約のため断られました。しかたがない、歩くことにしましょう。落ち着いた雰囲気の街並みの中を、田園風景や残雪をかぶる山々を眺めながらのんびりと歩いていくと、三十分ほどで井田川に面した町民ひろばに着きました。

川の向こうには、高い石垣の上に甍が連なる八尾の町が一望できます。河岸段丘の上にできた町であることがよく分かりますが、この石垣の圧倒的な迫力は半端ではないですね。禅寺橋を渡って、石垣に沿った善寺坂をのぼっていきます。「八尾町の小路案内」という解説板があったので転記します。
禅寺坂
八尾町の開祖米屋少兵衛は、寛永13(1636)年の八尾町開町と同時に、甚九郎の渡し場から本町(西町・東町)に至る坂道をつくった。山田・保内・室牧の人や富山・高岡の商人が買い物や交易のためにここから町に入った。禅寺(宗禅寺)は寛文年間(1661)に宗圓寺として創立された。

途中に「狼地獄」という解説がありました。
その昔、西町に迷い込んだ一匹の狼を、住民がこの崖下に転落させて退治した。
以後この一帯を俊敏な狼さえ命を落とす危険な場所として「狼地獄」と呼んで語り継いだ。

坂の上から後ろを振り返ると、高い石垣と坂道とお寺さんの大きな屋根と町屋の甍の波がほどよく調和して、ピクチャレスクな光景でした。通りに出るとバス停があったので確認すると、富山駅前行きのバスが一時間に一本ほど出ています。これはラッキー、利用することにしましょう。通りには「宮田旅館」がありましたが、ここに
吉井勇が逗留したのですね。

本日の三枚です。