朝目覚めて部屋のカーテンを開けると、どんよりとした曇天です。テレビの気象情報を見ると本日は曇り時々雨、やれやれ天下無双の晴れ男の命運もここに尽きたかな。ま、とりあえず雨は降っていないので、予定通り川田宿へと行きましょう。
チェックアウトをして荷物をフロントに預け、ブロンプトンを組み立てていざ出発。珍しい意匠の
透かしブロックを見かけたので撮影。しばらく走ると、あー、不快なものが視界に入ってきました。「経済で、結果を出す。」という自民党のポスターです。

"結果"とは具体的にどういうことを指すのか、一言の説明もありません。しかし現状を見るならば、中小企業・第一次産業・貧者を犠牲にして大企業と富裕者を肥え太らせ、格差をどんどん広げるというのが、その結果の内実でしょう。それなのに、ああそれなのに、この御仁がまだ政権の座にふんぞりかえっています。格差社会を支持する方が多いとは思いたくないのですが、まったくもって謎です。
犀川と千曲川を渡ってしばらく走ると川田宿に着きました。

長野市から一時間弱かかりました。まずは現地にあったパンフレットから、川田宿の沿革についての解説を転記します。
若穂川田は、かつて北国街道脇往還松代通り(通称:谷街道)の宿場町として栄えた。
川田宿は、慶長16年(1611)に徳川家康の六男で当時この地の領主であった松平忠輝により設けられたが、それ以前から旅人を泊める家々があったと言われている。松代と福島宿との間に位置し、犀川が川止めになった時などは賑わい、「雨降り宿」とも呼ばれた。大水害にあい、元文4年(1739)に現在地に移転し、通りが「コ」の字型の典型的な宿場が誕生した。
本町通りの東西には秋葉社が祀られ、通りの真ん中に用水堰を通し、北側の中央に本陣・高札場、その向かい側に東から和泉屋・中屋・扇屋の旅籠が、上横町には口留番所が置かれた。
本日の一枚です。