晴読雨読

 私は現在、自宅勤務をしております。通勤のための時間がなくなった分、自由に過ごせる時間が増えたので、読書、チェロの練習、旅行記の執筆に勤しんでおります。中でも、本を読む時間を増やせることが何よりも嬉しいですね。
 たのしみはそぞろ読みゆく書の中に我とひとしき人を見し時 (橘曙覧)

 一日不讀書口中生荊棘 (安重根)

 読書をしていて困難な個所にぶつかっても、わたしはいつまでも爪をかんでなんかいない。一、二度、突撃をこころみて、あとはほうっておく。そこにいつまでも立ちつくしていても、こんがらがるだけだし、時間がもったいない。わたしは直感的な性格だからして、第一撃でわからなければ、しつこく攻めても、よけいわからなくなるだけなのだ。(モンテーニュ 『エセー抄』)

 読書が勤学であるように解されたのは昔の道学先生の学究観で、読書は実は享楽である。(内田魯庵 『魯庵随筆 読書放浪』)

 肉体労働には尊いものなど何一つなく、かえって人間の品位を落とすものだから、苦役はすべて機械にやらせて、人間は美しいものを創造したり、読書をしたりして余暇を過ごしたらよい。(オスカー・ワイルド)

 読書は、人生の全てが、決して単純ではないことを教えてくれました。私たちは、複雑さに耐えて生きていかなければならないということ。人と人との関係においても、国と国との関係においても。(美智子皇后)

 私に言わせれば、テレビはとても教育的だ。誰かがスイッチをいれた途端に、私は別の部屋に行って本を読む。(グルーチョ・マルクス)

 読書は、僕たちを生命につなぎ止めてくれる。(元大学生のシリア人戦闘員)

 きみ自身を、そしてきみの生活を変えたいならひとつだけ忠告を聞いてほしい。これだけのこと。テレビを消してよい本を読む。(リウス) 
そういえば安倍首相が、「人との接触を減らす10のポイント」を発表しました。
1.ビデオ通話でオンライン帰省
2.スーパーは1人または少人数ですいている時間に
3.ジョギングは少人数で公園は空いた時間、場所を選ぶ
4.待てる買い物は通販で
5.飲み会はオンラインで
6.診療は遠隔診療
7.筋トレやヨガは自宅で動画を活用
8.飲食は持ち帰り・宅配も
9.仕事は在宅勤務
10.会話はマスクをつけて
 読書という選択肢はないのですね、さすがは“でんでん総理”です。

 閑話休題、遅ればせながら、アルベール・カミュの『ペスト』(新潮文庫)を読了しました。ペスト流行によりロックダウンされたアルジェリアのオランという町を舞台に、理不尽な感染症に翻弄されるさまざまな人びとをクールに描いた小説です。フランスのアルジェリア植民地支配について触れられていないのが少し不満でしたが、今だからこそ身につまされる小説でした。心に残った言葉をいくつか紹介します。
 ただ、これだけはいっておきたいですね-われわれはあたかも市民の半数が死滅させられる危険がないかのごとくふるまうべきではない、と。なぜなら、その場合は市民は実際そうなってしまうでしょうから。(p.76)

 徹底的な措置をとらなきゃ、なんのかんのいってるだけじゃだめだって。病疫に対してそれこそ完全な防壁を築くか、さもなきゃ全然なんにもしないのもおんなじだって、いったんです。(p.92)

しかし、流刑といっても、大多数の場合、それは自宅への流刑であった。(p.105)

 第五週目には事実321名の死亡者となり、そして第六週には345名となった。相次ぐ増加はともかく雄弁であった。しかし、それも十分力強いものであったとはいえず、市民たちは不安のさなかにも、これは確かに憂うべき出来事には違いないが、しかし要するに一時的なものだという印象を、依然持ち続けていた。
 彼らはそんなわけで相変らず街頭を練り歩き、カフェのテラスで卓を囲んでいた。(p.112~3)

 ペストと戦う唯一の方法は、誠実さということです。(p.245)

 子供たちが責めさいなまれるように作られたこんな世界を愛することなどは、死んでも肯んじません。(p.322)
 “誠実さ”、胸に深く刻みましょう。各人が為すべきことを真摯に為す。私の場合は、医療機関の負担を増やさないために、感染しないよう努めること、感染しているが無症状であると想定すること。そのためにできるだけ家にいる、三密に近づかない、手をよく洗う、外に出るときはマスクをつける、以上を心掛けたいと思います。

 そして今読んでいるのは、ダニエル・デフォーの『ペスト』(中公文庫)です。『ロビンソン・クルーソー』の作者であるデフォーが、1665年、ペストに襲われたロンドンで見聞した種々の出来事をか綴ったある種のノンフィクションです。眼をふさぎたくなるような凄惨な状況、そこに追い込まれた人間たちのさまざまな諸相、一読肌に粟が生じました。こちらでも他人事ではない文章が多々ありましたので、いくつか紹介します。
 病気の蔓延を見越した者のなかには、家じゅうの者全部の食糧を充分に貯えて、家のなかにひっこんでしまい、まるで生きているのか死んでいるのかわからないくらい、全然世の中から姿をくらまして、疫病がすっかり収まったころ、ひょっこりと元気な姿を現わした人間も多かった。こんな例はいくつとなく思い出すことができる。そしてまた、そのやり方の一部始終を読者に物語ることもできる。けだし、この方法が、いろいろな事情で避難することもできず、田舎に適当な疎開先も持たないといった人々にとっては、いちばん有効な手段であったことは、疑う余地がないからである。準備万端を整えてかように閉じこもることは、居ながらにして百マイルのかなたにいるに等しかった。また、この方法をとって失敗したという例は私の知っているかぎりでは一つとしてなかった。(p.104)

 この食料品を買出しに出かけるということが、ロンドン全市破滅の大きな原因だった、ということをここであらためて強調したい。なぜなら、市民たちが病気をもらってくるのは、たいていこういった買物に行った際だったからである。おまけに、食料品そのものが汚染していることも稀ではなかった。(p.144)

 あらゆる商売がとまり、雇用は停止された。仕事がなくなるとともに、貧乏人の台所からはパンも姿を消していった。その悲痛な叫びは初めのころは町に充満し、聞くだに哀れであった。救恤金が分配されて、その窮状も大幅に打開され、また、多くの者が田舎へ逃げていった。それでもなお、無数の貧乏人がロンドンにとどまっていた。しかし、やがて絶望に駆られて逃げ出す者が続出した。だが、その途上で彼らを待ち受けていたものは、じつに「死」であった。いや、そればかりではなかった。彼らは自分でこそ気がつかなかったが、いわば死の使者にほかならなかった。仲間の者が病気を持っていたからである。-かくして病気は、不幸にもわが王国の津々浦々にまではたしなく広がっていった。
 前にもいったが、彼らの姿は見るからに暗澹たるものであった。そしていわば、つづいて生じてきた破局に、ひとたまりもなく滅ぼされてしまった。つまり、彼らは疫病そのものにたおれたというよりも、その疫病のもたらしたものによって、いいかえれば飢餓と欠乏のためにたおれていったといえよう。泊まる家もなく、金もなく、友人もなければパンを求めるすべもなく、のみならず、パンをくれる人とてもなかったのである。大多数の者が、いわゆる教区定住権をもっていなかったため、教区から当然受けるべき手当をもらうこともできなかった。したがって、彼らは当局者に救済を乞うたわけであるが、それによって得られる援助だけが彼らの唯一の頼みの綱であった。当局者が必要に応じて、慎重にかつ快く救済の道を講じてやったことは、当局者の名誉のためにもここに一言しておかなければならない。このようなわけで、ロンドンに残った者たちは、上に述べたような経路をふんでロンドンを脱出した連中がおちいったような欠乏と窮迫におちいることはなかったのである。
 技術家であろうと、単なる職人であろうと、とにもかくにも自分で働いて日々のパンを稼いている人間が、このロンドンという市内にどんなに多いかということを知っている読者諸氏の一考を煩わしたいことがある。それは、もしこういう都市において、突然、今いったような勤労者が全部仕事からほうりだされ、いっさいの仕事そのものがなくなり、賃金が全然手に入らなくなったとしたら、その際の惨憺たる状態はどんなものであるか、ということである。
 いや、それこそまさに当時におけるわれわれの状態にほかならなかった。市の内外を問わず、あらゆる階級の篤志家が救恤金として寄付した金額が莫大な額に達したからよかったものの、もしそうでなかったなら、ロンドンの治安を維持することは、とても市長や市助役の手に負えたものではなかったろうと思われる。これはけっして単なる仮定ではない。現に、捨て鉢になった人々が暴動を起こし、富豪の邸宅を襲撃し、食料品市場を掠奪するかもしれないということが市長たちによって真剣に恐れられていた。もしそのような事態になれば、それこそ今まで自由に、また病気も恐れずに市内に食料品を持ちこんできていた田舎の人々も、すっかり怖気づいてやって来なくなっただろうし、そうなれば、ロンドン自体も餓死状態に否応なしに追いこまれていったことであろう。
 だが市長をはじめ、市参事会員、近郊の治安判事等の賢明なる判断は、各地から寄せられる多額の救恤金と相まってたくみに功を奏し、貧乏人たちはおとなしくしていたし、その窮乏も最大限度まで救われたのである。(p.177~9)

 私は是非このことをここに記録して、またこういった由々しき事態が生じた時の後世に対する戒めとしたいと思う。妊娠中の女、授乳中の女は、どんなことがあっても真っ先に感染地域から疎開しなければならない。なぜなら、そういった人たちがいったん病気に感染したあかつきに受ける惨害は、とても他の人々と同日の談ではないからである。(p.220)

 今次の災難が急激にやってきた時、いわば全市民がその虚をつかれたかたちで、まったく不用意のままそれを迎えなければならなかった経緯について私は今まで何度も考えてきた。次々に市民のあいだに生じた混乱も、時宜を得た公私それぞれの対策とその処置が講じられなかったことによることも、すでに考えてきたとおりだ。神の摂理もさることながら、適当な手段さえ講じられていたなら、あれほど多数の人々が災禍の犠牲にならなくともすんだであろうにと思われるのである。もし後世の人々がその気になれば、われわれの災禍から充分な訓戒と教訓を得ることも、あるいはできようと思う。(p.226)
 「愚者は自らの経験に学び、賢者は他者の経験に学ぶ」というビスマルクの言葉があります。そして他者の経験を学ぶのに最良の方法が読書です。いかがでしょう、安倍首相。未曾有(※“みぞゆう”ではなく“みぞう”)の災禍にうろたえるのは理解できますが、ここはひとつ、本を読むふりをしないで、本当に本を読んではいかがでしょう。他者の経験から良い知恵が得られることと思います。そして大事な副産物として、弱者の立場への想像力も身につくでしょう。そう、貴方が最も欠いている力です。
by sabasaba13 | 2020-05-02 09:31 | 鶏肋 | Comments(0)
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